跳べない君と、はねない私

3




机に立てた参考書に鏡を隠して、もう一度前髪を確認した。
よし、崩れてない。

朝礼前の教室はテスト前の独特な緊張感が漂っていた。
その空気を読んで、参考書を出してみたものの、一文字も頭に入ってこない。
私の頭は、別の緊張感で満杯。

そんな私を焦らすように、翼くんの席はまだ空いていた。

翼くんが来る前に、もう一度確認しておきたくなってきた。
ついさっきしまったばかりの手鏡に、また手が伸びかける。


ー馬鹿。

私は、自分で右手をつねった。

何、色気づいてんの?
翼くんは、今日からただのクラスメイト。
ガチ恋オタクなんかになったら、目も当てられない。

極力関わらないようにしようって昨日、あれだけ考えたのに。
なんで、こんなに自分の見てくれが気になってるの?
馬鹿馬鹿しい。

落ち着け。落ち着け、私。

私は水筒を開けると、一気に水を流し込んだ。
冷たい水が、熱を持った頭を少しだけ冷やしてくれる。

……よし。

まだ冷静になれてる。
私は空気。翼くんにとって空気。



「おはよ」

頭上から、低い声が降ってくる。

「体調、治っ…」

「っぶ!?」

あろうことか、盛大に、水を吹き出してしまう。


「げほっ、げほ……!」


翼くんが突然声をかけてきたせいで、予想以上に驚いてしまった。

水が変なところに入って、まともに息もできない。
翼くんの制服が濡れているのが、視界に入る。


いっそ、このまま窒息死できたらどれだけいいだろう。
これが、本当の尊死ってやつ……?


「お前さ、何のつもり?」

怒気を含んだ低い声に、現実逃避していた脳が一気に冷える。

「す、すみませ……」

クラスの視線が、一気にこちらへ集まる。

入学二日目にして、推しに水を吹きかけ、クラスメイトからは好奇の目で見られる。
もう、もはや退学にしてくれ。
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