危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編2
次の日。


朝の光が、カーテンの隙間からそっと差し込んでいた。
柔らかく、淡い光が、白いシーツの上に滲む。
静かな部屋。
昨夜の賑やかさが嘘みたいに、空気はひどく穏やかだった。

「……ん……」

最初に目を覚ましたのは、美羽だった。
白い天井をぼんやりと見つめ、数秒。
まだ夢の続きを掴もうとするように、瞬きを繰り返して――

(……あ)

ゆっくりと、視線を横に向ける。
隣で、椿が眠っていた。
整った横顔。
眠っているせいか、普段の鋭さは影を潜めていて、少しだけ幼く見える。
規則正しい呼吸に合わせて、胸が静かに上下していた。

(そっか…私達…結婚、したんだ)

昨日。
式を挙げて、指輪を交換して、キスをして。
「これからも一緒だ」と誓った。

胸の奥が、じんわりと温かくなる。
美羽は、そっと椿の方へ身体を寄せた。

「……ふふ」

小さく笑って、指先で椿のシャツの裾をつまむ。
起こさないように、ほんの少しだけ。
すると――

「……何やってんだ」

低く、少し掠れた声。

「うわっ!」

美羽はびくっとして、慌てて手を引っ込めた。

「つ、椿くん!起きてたの?!」

「今起きた」

そう言いながら、椿はゆっくり目を開ける。
まだ少し眠たそうな目が、美羽を捉えた瞬間――
ふっと、表情が柔らぐ。

「……おはよう」

その一言が、やけに優しい。

「……お、おはよう」

美羽はなぜか照れて、視線を逸らした。
短い沈黙。
でも気まずさはなくて、むしろ心地いい。
椿は上体を起こし、美羽の髪にそっと触れる。

「……夢じゃねぇよな」

「え?」

「結婚したの」

美羽は一瞬きょとんとして、
それから、ふわっと笑った。

「夢じゃないよ」

そう言って、左手を差し出す。
朝の光を受けて、新しい指輪がきらりと輝いた。
椿はそれを見て、小さく息を吐く。

「……よかった」

――と、その次の瞬間。
視界がぐっと近づいた。

「へ?」

気づけば、椿が体勢を変え、美羽のすぐ上に跨がり、顔を近づけていた。

「……美羽」

真剣な視線。
普段よりも距離が近くて、逃げ場がない。

「へ?」

美羽は一気に顔を赤くして、ベッドの上でばたばたと足を動かす。

「ち、ちょっと!!椿くんん!?」
「ななななな、なにしてるの?!!」

椿は、そんな反応が面白いのかわずかに口角を上げる。

「ん?何って…わかってるだろ?」
わざと間を置いて、低く言う。

「えええ!?ちょっと、椿くん!??ちょっとまって!!まって!!ひゃぁあ!!ちょっとどこ触ってるのよ!!バカぁあ!!」

と顔を真っ赤にして抵抗し、両手で椿を押そうとして――
思わず、ぺしっと頬を叩いてしまった。

「……あ」
「……ってぇー」



数分後。

リビングには、頬にくっきり手形を残した椿と
ぷくっと頬を膨らませた美羽が向かい合っていた。

「……なにも叩くことねぇだろ」

椿は不満げに言いながら、ソファに座る。

「だ、だって!急すぎるんだもん!」

美羽は腕を組み、顔を真っ赤にしたまま反論する。

「もうちょっと、こう……タイミングとか、雰囲気とか…あるでしょ?!」

「俺は別に、悪いことしてねぇ」

「そういう問題じゃないの!」

言い合いの末、椿は「あーはいはい」と面倒そうに言って新聞を広げた。

(なにそれぇ!?私が悪いみたいじゃん!?)

美羽はむっとしながら、キッチンでコーヒーを淹れる。


――しばらくして。
椿は仕事の準備を終え、スーツを着こなして玄関に立っていた。

「じゃあ、行ってくる」

「……う、うん」

どこかよそよそしい返事。
椿は眉を寄せる。

「なんだよ、その反応は」
「え、えーっと」
(これで、許してくれるかな…)

美羽はもじもじしながら視線を彷徨わせ――
次の瞬間、意を決したように椿のネクタイを引っ張った。

「は?おい――」

その言葉の途中で、美羽は椿の頬にちゅっと軽くキスをした。
椿は、完全に固まっている。

「……さっきは、ごめんね」

美羽は顔を赤くしながら、困ったように笑う。

「びっくりしただけだから……」

数秒後。

椿は深いため息をつき、頭をがしがしとかいた。

「……ほんと、お前は」
(なんだ…この可愛い嫁は…)

そして、真剣な目で美羽を引き寄せる。
今度は美羽が驚く番だった。
しっかりと、でも優しいキス。
唇が離れたあと、椿はニヤリと笑う。

「帰ったら…覚えてろよ」

「んなっ……!」

椿はそのまま玄関を出ていった。
ドアが閉まった瞬間。

美羽は、顔をこれでもかというほど真っ赤にして、その場にへたり込む。

「……もう……」
(心臓…もたないんですけどぉ!!)

胸の鼓動が、なかなか落ち着かない。
新婚初日の朝は、やっぱり――平和じゃなかった。

けれど。

(……こんなのも、悪くないかも)

美羽はそう思ってひとり火照った頬を抑えながら、くすっと笑った。

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