前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました
 彼が予約してくれたレストランは、ホテルの最上階にあり、横浜港を見渡せる窓際の席だった。
 テーブルはダイヤ型に配置され、隣の視線を気にせず、夜景に溶け込めた。

「和食は初音が作ってくれるから」という理由で、フランス料理のお店にしたらしい。さりげない褒め言葉が幸せで心をうずうずさせながら、わたしは次々と出てくる料理に舌鼓を打った。
 メインのお肉料理は、二種類選べたから、ひとつずつ頼んだ。
 わたしは和牛のステーキを選んだ。
 絶妙に火が通された一口サイズのステーキは舌がとろけるんじゃないかと思うほど。

「美味しい……ソースが絶品ですね」
「こっちの鴨のローストもうまいぞ。食べてみるか?」
「ええ」
「ほら、口を開けて」

 フォークに刺さったお肉を唇に寄せられる。

 (このまま、食べなさいってことかしら?)

 わたしは口を小さく開き、お肉を食べた。
 まるで餌付けされているみたいだ。
 唇に片手を添えて、よくよく噛みしめると、濃厚なうま味だけが口に広がる。

(美味しすぎる……っ!)

 口をもごもご動かしながら、どうにかこの感動を伝えようと目を開いて、こくこくと頷く。

「そんなに、うまいか」

 楽しそうに笑う彼に、何度もうなずき、飲み干しても続くうま味にしみじみと思った。

「ずっと噛んでいたい味でした」
「それは連れてきたかいがある」

 そう言われ、わたしは嬉しくて微笑んだ。

(わたし、きっと、幸せですって顔している)

 夢のようなひとときを過ごし、お会計をして店から出るときだった。

「あら、忍じゃない」

 彼と同じ年ぐらいの美女が、声をかけてきた。波打つ黒髪に自信がうちから出ている笑み。ひとめで彼と同じ世界の人だと思った。

(……下の名前を呼んでいる……)

 それは、ふたりが親しい間柄だということだ。衝撃を受けていると、彼は笑顔で美女に挨拶した。

「高羽か。久しぶりだな」

 すっと彼がわたしの世界から消えて、心がしんと静かになった。さきほどのあたたかさが嘘のように、わたしは都会でひとり迷子になったみたいだった。

(誰だろう……元カノとかかな……)

 ふたりが並ぶとお似合いで、わたしでは太刀打ちできそうもない。夢から醒めたみたいだった。

(やだな……)

 彼との時間に割り込まれてしまった。
 高羽と呼ばれた美女は彼に話しかけながら、わたしにちらりと目を向けた。

「可愛い人を連れているのね。彼女?」
「いや、婚約者だ」

 彼がわたしの肩を抱いて自分の方に引き寄せた。びっくりして彼を見ると、少年のように目を輝かせて美女に言い切った。

「初音が可愛く見えるとは、高羽は見る目があるな」

 堂々と自慢げに紹介されてしまった。彼の笑顔が眩しくて、しっかり回された手の力強さに、さきほどまでの寂しさが消えていく。
 そんなわたしたちを見て、高羽さんは笑っていたが、声には棘があった。

「……あらそう、褒めてくれてありがとう」

(あれ? あれれ?)

 きょとんとしてふたりを交互に見ると、忍さんの笑みは無邪気で、高羽さんの笑みは極寒に感じる。ふたりの温度差に目を白黒させていると、彼はわたしに穏やかな声で話しかけた。

「初音。彼女は、高羽蓮花(たかばねれんか)。高羽ホテルズ&リゾートのご令嬢だ」
「……はじめまして。青葉初音です」

 小さく腰を落として礼をする。

(高羽って、聞いたことがある。全国にホテルを持っているんじゃなかったっけ……)

 まさに彼と同格の人だった。緊張で顔をこわばらせていると、高羽さんは優美に笑んだ。

「はじめまして。高羽蓮花よ。今はウェディングプランを任せられているから、ご贔屓に」

 艶やかな声で握手を求められ、手を差し出す。その時、やや強く引っ張られ、彼女の顔がわたしに近づいた。濃厚でスパイシーな香りが鼻孔をくすぐり、わたしにしか聞こえない声が耳に届く。

「……気をつけて。彼、仕事が第一で、女のことは後回しだから」
「っ!」

 契約だったことを突きつけるようなことを言われ、わたしは反射的に腕を引いた。ドキドキと心臓が嫌な音を立てるのを聞きながら、彼女を見る。
 彼女は不敵に笑っていた。その笑みは、わたしの知らない彼を知っているという余裕があった。

(一番、痛いこと言われた……)

 彼との関係は、契約の上で成り立っていることを思い出した。
 眉をひそめていると、長い腕に腰を引き寄せられ、大きい体に背中があたった。見上げると、むすっとした顔が見える。

「高羽、何言ったんだ? 初音が不安そうじゃないか」

 そう文句を言うと、高羽さんはくすくす笑いだす。

「本当のことを教えてあげただけよ。あなたが仕事人間だって」
「仕事をするのは当たり前のことだろう?」

 わたしの腰をぐっと抱きながら、彼は艶然と微笑んだ。

「経済力のない男が、結婚してくれなんて言えないだろう? 口だけの男になる」

 その堂々した空気と、触れられた手に特別なものを感じた。これはうぬぼれではないかもしれない。

「……その言い方、昔から変わらないわね。お気に入りを自慢する態度も」
「褒めているんだな。ありがとう」
「ほんと、あなたとは昔から合わないわよね!」
「奇遇だな。俺もそう思っていた」

 ふたりとも迫力ある笑顔でバチバチと火花を散らしていた。わたしが目を丸くしている間に、高羽さんはふんと鼻を鳴らす。

「のろけに付き合ってられないわ。ごきげんよう」

 そう言って、すたすた歩きだしてしまった。

「なんなんだ。あいつは……」

 彼は肩をすくめて、歩き出す。わたしも自然に歩き出した。腰に添えられた手はそのままだった。

「嫌味なことを言われてないか? 高羽は昔から俺に敵対心をむき出しにするんだ」
「……そうなのですか。……親しいんですね」
「親しいというか、同族嫌悪だな」
「え?」
「若林の話だと、カテゴリーが一緒。的確に相手の弱点を突くところがそっくりだそうだ。俺はそんなことないよな?」
「え……そうですね。忍さんは優しいです」
 
 素直に言うと、彼の空気が穏やかになる。

「初音には特に、だけどな」

 その一言で舞い上がってしまう。
 彼の特別になれたみたいだ。
 そうなればいいなと願っていた。
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