前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました
 忍さんと電話を終えたあと、余韻が深く、しばらくぼうっとしていた。名残惜しくてスマートフォンを見つめる。

 (こんなに好きになっちゃうなんて……)

 彼を思い、わたしは溺れそうになっていた。
 顔を上げると日本庭園は美しく、来年も、その次の年も、ここからこの風景を見たいと思った。

「契約は終わったけど……」

 忍さんが戻ってきたら、ここにいたいと、指をついてお願いしてみよう。
 思いを伝えて、そして、そして――。

(告白って……どのタイミングですればいいんだろう?)

 浮かれ切った思いが、ふと現実に戻る。
 食事後か、寝る前なのか。

(……明日は疲れて帰ってくるだろうし。次の日とか?)

 それなら朝食時か。それとも帰ってきてからの方がいいのか。

「……お休みの日に、ゆっくり寛いでいる時間の方がいいのかしら?」

 夜の庭に疑問を投げかける。誰もいないから、当然、返事はない。そんなことをしてしまった自分が少し恥ずかしくて、けれど考えるのをやめられない。
 その夜は、感動の余韻もあって、なかなか眠れなかった。
 
 
 ***

 
 次の日、わたしはカナちゃんと一緒にお買い物に行き、気合を入れて料理をしていた。忍さんの好物を作るためだ。

(明日になっても食べられるものにしよう)

 彼の好物は、素朴で滋味あふれる料理が多い。里芋の煮っころがしに、肉じゃが。なますなど、素材の味が出ているものを好む。

(ええっと、里芋とイカの煮物は、食べてくれたけど、目がスンとしていたわね……)

 魚介の味にはうるさく、なまぐささは嫌う。青物も、同じく苦手だ。
 醤油は新潟県産のものしか受け付けず、味のこだわりは強い。
 そんなことを考えて、ふふっと笑ってしまった。

(すっかり忍さんの味を覚えちゃった)

 そんな自分がまた、幸せだ。
 ご機嫌で作っていたが、彼は遅くなるらしく作った料理はホーローの容器に移され、次の機会を待つことになった。
 仕方がない。遠くに行ったのだから。
 でも今日は、彼を待っていたい。

(おやすみなさいを言うだけでいいから)

 そう思って、掘りごたつ式のテーブルで日本庭園を眺めていた。

「ふわっ……」

 昨日、遅かったせいか夜の九時半なのにもう眠い。

(ダメダメ、起きていないと)

 軽く首を振って、姿勢を立て直す。
 夜十一時を過ぎた。まぶたは自然に落ちていき、がくんと首が倒れそうになる。

(ううっ……眠い)

 睡魔に抗えず、視界がぼんやりしていく。
 しばらくして視界が白み、日本庭園の輪郭がほどけるように遠ざかっていった。

 ――リン。

 魔除けの鈴の音がした。
 きっと夢の中に入ってしまったのだろう。

(今日は、どんな夢かな……)

 雅姫と景虎に思いを馳せていると、まどろみの中に人影が浮かんだ。
 髪を下ろしているその姿は、きっと景虎だと思った。
 でも忍さんと同じスーツを着ているような気がする。

(夢と現実がごちゃごちゃね……)
 
 それほど忍さんを思ってしまっているのだろう。

「まだ、起きていたのか……眠そうだな」

 優しい声がして、彼がわたしの目の前で膝をついた。
 愛しい人に微笑みながら、わたしは自然と手を伸ばす。

 これは、夢だから――。

 そんな言い訳をしながら、普段できないことをする。彼に抱きつき、甘えるようにその首に腕を回した。
 びくりと震えた体を感じながら、わたしは思いを伝える。なぜか自然に、わたしと雅姫の意識が、折り重なった。

「あの場所を元に戻してくれて、ありがとう」

 ――リン。
 魔除けの鈴が鳴る。
 この鈴があったから、()()()()()()()()()()()()()
 そしてこの思いを彼に伝えるのは、あまりに都合の良い夢だろう。

「信じていました。……景虎」

 深愛を捧げながら抱きしめると、両肩を掴まれ引きはがされるように距離を置かれる。それに驚いていると、彼は目を見張ってわたしを見ていた。信じられないと言わんばかりに瞳をさ迷わせている。

「……姫様?」

 確かめるように呟かれた言葉にくすりと笑う。どうして今更――彼は、確かめるのだろうか。

「ええ、そうですよ。……わたしの景虎」

 うっとりと見つめて言うと、力強く抱きしめられた。息苦しさを感じていると、あごを掬い上げられ噛みつくような接吻をされる。
 
「っ……」
 
 角度を変え、まるでわたしの存在を確かめるように、彼が口の奥へ奥へと入り込もうとする。咄嗟に彼のシャツを掴んだけれど、まるで離してほしくないとすがっているようだ。
 わたしの呼吸ごと奪うが如き、彼の荒くれさに夢の輪郭がほどけていく。
 苦しくて涙の膜が目に張った。
 それがぽろりと流れ、見えたのは同じく苦しそうに眉根を寄せる忍さんだった。景虎では、なかった。

「しのぶ、さん……?」

 唇が離れて、息を吸い込みながら告げると、彼がハッと目を開く。いつもの余裕はなく、どこか理性が剥がれたように目を彷徨わせる。やがて怯えるようにわたしに触れ、抱擁された。誰よりも堂々としていた彼が震えていた。

「初音――君は雅姫なのか……?」

 その声に、全身が甘く痺れた。
 びりびりとした衝撃を感じながら、わたしは彼の背中をかき抱く。そして胸を打ち震わせながら叫んだ。

「そうですっ。雅です。わたしは雅でした!」

 リン――と、ペンダントの鈴の音を鳴らしながら、顔を上げる。
 忍さんは目を真っ赤にして泣いていた。わたしも目を見開きながら、涙を流す。
 
 この巡り合わせをなんと言葉にしよう。
 どの言葉も、あてはまらない気がする。
 言葉するには、わたしたちはあまりにも深すぎた。

「……忍、さん」

 ただ名前だけを告げると、彼の息が上がる。
 わたしの息も上がる。
 もう引き返せない高まりを感じながらも、また唇を重ねる。

「……ダメだ、初音。このままでは抱いてしまう」

 キスの合間に、彼が切羽詰まった声を出す。
 抗う彼を、わたしは受け入れようと思った。

 わたしは、忍さんに愛されるだけ。
 雅姫は、景虎に愛されるだけ。

 今宵、夢と現実がひとつになるだけだ。

「抱いてください」

 そう告げると、射抜くように見られた。
 彼からはっきりとした欲を感じた。

「――――」
 
 彼がわたしの名を呼んだ。
 その名は、初音だったのか。雅姫だったのか。
 分からないまま、横抱きにされる。
 連れていかれたのは、彼のベッドルームだ。
 整われたベッドがかえって、これから始まる密戯を想像させ、わたしはこくりと喉を鳴らした。

(だけど――もう、いいの)

 彼と出会い、そしてわたしは、彼に恋をした。
 彼の腕の中に囚われたことが、どんな結末を迎えようとも。

 わたしは後悔しない。
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