前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました
 まだ感動がおさまりきれず、わたしは鼻をすすりながら、テレビを眺めていた。短いニュースは終わり、バラエティ番組の陽気な音が聞こえている。青葉のことは、世間ではさっと流れる出来事なのに、わたしはまだ余韻に引きずられていた。

「初音ちゃん、オムライス食べないのか? 美味しいのに」

 カナちゃんが横で頬を膨らませている。その声が、わたしを日常へと引き戻してくれた。

「そう、ですね……驚きすぎてしまって」

 バラエティ番組をぼんやり見ながら、わたしはふと零す。

「青葉……これから、どうなるんでしょうね」

 忍さんがいるとしても、彼は外部委員だ。青葉の中の人は、この状況をどう感じているのだろう。

(あ……伊藤さん)

 すっかりご無沙汰になってしまった伊藤電機の伊藤さんを思い出す。

(……携帯番号を教えられていたわ)

――ああ、そうだ。もし何か役に立てることがあれば、すぐに連絡をください。私だって元青葉の人間ですから。

 わたしは持っていたスプーンを皿に置き、立ち上がる。

「初音ちゃん、どうしたの?」
「父の右腕だった方の携帯番号を思い出して」
「そっか! なら、電話して状況を聞けるな!」

 カナちゃんが「ナイスアイディア!」と言いながら笑う。
 わたしはこくんと頷き、急いで部屋に戻って伊藤さんの番号のメモを手にした。そしてカナちゃんの元に戻り、テーブルに置いたままだったスマートフォンを手にする。番号を押す指が震えそうになりながらも、伊藤さんに電話をかける。

 トゥルルルル……
 
(……つながるかしら……)

 胸の前でぎゅっと手を握りしめながら、通話を待っていると、ガチャガチャと慌てて電話を取る音が聞こえた。

「お嬢様! お嬢様ですか⁉」

 伊藤さんの声が聞こえ、呼吸が止まりそうになった。
 少し息を漏らしながら、わたしはスマートフォンを両手で持ち、伊藤さんに話しかけた。

「……ご無沙汰しております。初音です。伊藤さんですか?」
「そうです! あ、いや、本当にお嬢様の番号だったんですね。日向様から番号を教えられていたんですが、慌ててしまいました! ははは!」

 元気そうな声と彼からの配慮が胸の奥に響いて、涙が目元にこみあげてきた。

「日向様が言ってくれていたのね。……伊藤さん、青葉信用組合に監査が入ったってニュースで流れて」
「ああ、そうなんですよ。いや、こっちはてんてこ舞いですけどね。日向様から私も立て直しの手伝いをしてほしいって。先代の仲間たちを集めてくださったんです」
「……まあ……それなら、昔に戻るみたいね」
「お嬢様が日向様との縁を繋げてくださったからできたことです」
「そんな……わたしは連絡をしただけで」
「あの一歩ですべてが変わったんです。私は頑張りますよ! きっと、青葉信用組合を立ち直らせてみせます!」

 その道のりは、決して平坦なものではないだろう。でも伊藤さんの頼もしい声を聞いていると、本当にできそうな気がした。

(わたしが泣いていてはダメなのに……っ)

 涙が次から次へとあふれてこらえきれない。わたしはしゃくり声をあげながらも、それでも笑みを口元に作った。

「伊藤さん、ありがとう。……お電話できてよかったわ」

 また連絡を取り合おうと約束し、わたしは電話を切った。
 カナちゃんが「よかったなあ」と何度も言ってくれて、ようやく涙が落ち着いてきた。
 その後、冷めたオムライスを食べ終えて、忍さんにメールを送った。

(今、忙しいだろうし……メッセージを送るだけだから)

 そう自分に言い訳しながら、この瞬間に伝えたい感謝を打つ。すると、意外にもすぐに返事があった。

 ――夜に電話する。

 とくんと胸が弾み出し、早くその時間になってほしかった。

 
 ***
 
 
「んじゃあ、またなー!」

 夜、カナちゃんが帰ってしまうと急に家の中が静かになった。最近の忍さんは早く帰ってきてくれることが多かったし、なんとなく心細い。無意識に、首に下げたペンダントへと指が伸びていた。

 リン――と小さな音が聞こえる。

「寂しいと思うなんて、贅沢ね」

 それだけ今の生活が幸せなのだろう。わたしはさっとお風呂と寝る準備を済ませ、スマートフォンをテーブルに置いて、ぼんやりと日本庭園を見ていた。
 
 ピコン。

 スマートフォンが点滅して、わたしは慌てて画面をのぞきこんだ。

 ――電話してもいいか?

 短いメッセージに胸を膨らませ、目の前に誰もいないのにこくこく頷いてしまう。

 ――大丈夫です。

 そう打って一拍置いた瞬間、プルルルと着信音が鳴った。
 わたしは通話ボタンを押して、深く息を吸い込む。

「初音、もう風呂は入ったか?」

 まるで父親みたいな過保護さに、くすりと笑ってしまった。

「……はい。入りました。忍さんは?」
「入った。あとは寝るだけだ」

 電話越しの声は、いつもより低く感じた。耳元で囁かれているような、すぐそこに彼がいるような気配を感じながら、わたしはスマートフォンを両手で握る。

「テレビ、見ました」
「ああ、びっくりしたか?」

 くつくつと上機嫌な笑い声が聞こえ、胸がきゅっと痛む。

(本当にこの人は……)

 さらりと何でもしてしまうんだから。

「はい。びっくりしました……嬉しくて」
 
 また泣きそうになって声を震わせると、短く息を吐きだす音が聞こえた。

「……泣かせてしまったな」

 その声はどこか申し訳なさそうで、余計に涙ぐむ。

「泣きましたけど、幸せでした。伊藤さんにも電話したんです」
「ああ、そうだったのか……。伊藤さんには前々から連絡していてな。再建の手伝いをしてもらうんだ」

 小さく息を呑み、彼は低い声を出す。

「悪かった。黙っていて」
「……いいえ、いいえ」

 ぽろりと涙がこぼれ、わたしは首を横に振った。

「これ以上ないことです」
「……そうか」

 安堵の息が漏れる音を聞き、わたしは見えない彼に向かって、頭を下げた。

「忍さん、ありがとう存じます」

 そう言うと「ああ」と短く、穏やかな返事が聞こえてきた。
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