前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました

溺愛婚を申し込まれました

 忍さんが玄関の扉を閉めた。
 音もなくロックされたのを見送り、わたしは手を前に組んだ。

(今日はいってきますのキスがなかったな……)

 甘い触れ合いが、今朝はなかった。彼はわたしに対して申し訳なさそうで、あれほど近かった距離がひと晩で遠くなった。
 
 わたしは覚悟したことだったし、昨晩の出来事に後悔はない。なかったことにしないけど、彼を責めもしない。そう思ってごくごく普通にしようと思ったのに、彼の方はあの夜は過ちと思っていそうだった。

(幸せだったのにな……)

 それがどうやったら伝わるのだろうと悶々と考え込んでしまった。
 振り返るとわたしは忍さんに与えられているばかりだ。
 わたしが彼に差し出したものは、ささやかな情報と、わたし自身だけ。
 ふと首に下がるネックレストップを触る。
 
 ――リン。
 音を鳴らしながら、このままではいけないと思った。

「わたしも忍さんを大切にしないと」

 態度だけでは伝わらなかったのもしれない。
 いてもたってもいられず、わたしはカナちゃんにメッセージを打った。

 ――カナちゃん。忍さんのプレゼントを選びたいです。付き合ってくれませんか?

 そう送信して三分後、ドアベルが鳴った。
 
 あまりの早さにびっくりしてドアホンを覗くと、ポニーテルを揺らしながら満面の笑顔でOKサインを出すカナちゃんが見えた。
 それにほっとして、わたしはドアを開いた。

 
 ***


 その晩、忍さんの好物で食卓を飾り、彼の帰りを待っていた。

(プレゼントも用意した。カナちゃんに聞いて、忍さんの好きな日本酒も用意した。ばっちりなはず)

 ドキドキしながら、彼の帰りを待つ。そわそわして落ち着かなく、居間をうろうろしてしまう。何度も準備のチェックをして待っていると、ピコンとスマートフォンが鳴った。
 画面を見ると忍さんから『もうすぐ着く』とメッセージが来ていた。
 わたしは『お疲れ様です。お待ちしています』と返して、ほっと息を吐く。

「よし、大丈夫。大丈夫よね」

 自分に言い聞かせて、玄関へ行く。
 ドアが開かれるのを今か今かと待っていた。
 
 やがて車が止まる音がして誰かの話し声が聞こえてくる。忍さんと若林さんみたいだ。わたしは口を引き結んでドアを見る。
 音もなく静かに開かれたドアの先に、愛しい人を見つけた。

「おかえり……なさいませ」

 笑顔で迎えようと思ったのに、彼の姿に驚いて言葉が途切れた。

「ここで、待っていてくれたのか……」

 朝と同じくどこか弱々しい声で、彼はわたしに小さく微笑んだ。

「はい……早く、顔が見たくて」

 するりと言葉を言うと、彼が苦しそうに顔を歪ませる。ぎこちない笑みと相反して、彼の手には赤薔薇の花束があった。
 これから鮮やかに咲き誇るであろう花が十二本。

「この花……」
「初音に。ここで渡してもいいか」

 差し出された花束を両手で受け取る。可愛らしい花の姿に、胸の奥がきゅっと熱くなる。

「……ありがとう存じます」

 感謝を込めて見上げると、彼が少し笑った。

「着替えてくる」
「夕ご飯の支度をして待っています」

 花束を抱えてわたしは居間に、彼はコートを脱ぎにクロークへ行く。
 テーブルに薔薇を飾ると雰囲気がいっそう華やかになる。それを幸せに思いながら目を細めていると、和装に着替えた彼が居間にやってきた。
 テーブルの上を見て、穏やかに眉を下げる。

「……これはご馳走だな」

 わたしは彼を見上げて、はにかんだ。
 彼はわたしの横に正座すると、こほんと咳ばらいをした。何か大事な話しそうな空気を感じて、わたしも正座をして向かい合わせになる。

「初音、昨晩は悪かった」

 突然、頭を下げた彼に驚いて、声を上げそうになる。しかし彼はすぐ顔を上げ、わたしを制するように軽く手をあげた。

「初音が嫌ではなかったと分かっている。これは、俺のけじめだ」

 そう言って、彼は深く息を吐くと、飾られた赤い薔薇に目を向けた。わたしも自然に薔薇に目を向ける。そうしていると、名を呼ばれた。彼を見ると真剣な目と視線が絡まる。

「初音、俺と結婚してくれないか」

 その一言に息が止まるかと思った。
 彼は切なく微笑ながら、わたしに告げる。

「夢がどうであれ、今の俺が選ぶのは初音だ。
 そして俺は……君に、選ばれたい」

 その眼差しは、誰よりもわたしが大切だと言っていた。
 胸の奥が苦しくなる。

(この人は、本当に……)

 どこまでもわたしの気持ちを優先してくれる。
 とても強い人なのに、わたしに選択させてくれる。

「わたしが……選んでいいんですか」

 泣きそうになりながら、静かに話すと彼はぐっと喉を詰まらせ、低い声で言い切った。

「――当然だ」

 迷いのない言葉に涙がこぼれ落ちそうだった。
 どこまでも誠実な黒い瞳を見ながら、わたしは目尻の涙をぬぐいながら立ち上がる。

「少し、お待ちください……」

 そう言って軽く頭を下げ、キッチンに行く。食事の後に渡そうと思ったプレゼントの袋を取った。
 それを両手に抱えて彼のところに戻り、浴衣をさばきながら正座をする。
 彼の前に贈り物を置き、指で軽く押して差し出した。

「これは……」
「忍さんへの贈り物です」

 目を見張る彼を見ながら、わたしは左手を床につけ、次に右手を置き、八の字にすると、ゆっくり頭を下げて座礼をした。

 リン――。
 鈴の音を鳴らしながら、わたしは彼に最愛を捧げる。

「プロポーズをお受けいたします。末永く、あなたのそばにいさせていただきます」

 顔を上げて、幸せですと伝わるように微笑む。
 忍さんは一瞬目を伏せ、それからゆっくりと背筋を正した。
 わたしと同じように手をつき、深く座礼をする。

「こちらこそ、末永くよろしく頼む」

 顔を上げた彼は、少し泣きそうな顔で微笑んでいた。

「共に、季節を廻ろう」

 それはどんなプロポーズよりも胸に響いた。
 春は桜を見上げ、夏は蝉の声を聞き、秋は銀杏が落ちる中を歩き、冬は肩を寄せ合いたい。
 そんな日々が、彼と共にやってきそうだ。
 
 きっとわたしは何度もこの夜を思い出すだろう。
 
 テーブルに飾られた赤い薔薇。その先に見える日本庭園。
 静寂の中にも、彼の笑みがある。
 
 すべてが、忘れがたい記憶だった。



 
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