前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました
 一晩経って、自分の欲で染めてしまった彼女を見て、熱に浮かされていた思考が完全に冷めた。
 自分のしたことが信じられなくて頭を抱える。酒に酔っても、ここまで理性を飛ばすことはなかった。なのに、初音が雅姫と分かった瞬間に、脳がイカれた。

(……何をしてんだ、俺は……)

 積み上げてきたものを一瞬で崩してしまった。その後悔は大きく、後始末をどうつけようかばかり考えてしまう。隣で安心しきったように眠る彼女の姿が、せめてもの救いか。

「すまない……」

 情けなく呟いて、彼女にシーツをかけ直した。
 シャワーを浴び、これからのことを考えるが、今日に限っては何も浮かばない。昨晩の出来事を思い出してみるが、また妙な気を起こしてしまいそうでやめた。

(……嫌がられてはなかったが)

 丁寧だったかと問われると沈黙するしかない。とりあえず起きて来れなさそうな初音のために朝飯を準備することにした。

(おじやがいいか……?)

 それよりも言い訳をした方がいいだろうか。
 景虎が暴走して――と考えて、眉間にしわが寄った。

(景虎を盾にするのは卑怯だな……)

 彼女を欲したのは、自分も同じなのだから。

「はあ……」

 嘆息してシャワー室から出た。
 会社を休んで彼女に付き添おうか、そんなことを考えては自分の中で案を消していく。しかめっつらで考えていたら、おじやが噴きこぼれた。最悪だ。

「何してんだ……」

 いつもの調子が戻らないまま、噴きこぼれた鍋に火を止めた。顔を上げると、シーツを頭から被り全身を隠して、どうしようか困り果てている初音の姿が見える。慌てて近づくと、彼女は顔を赤くして顎をそらした。

「あ、お、おはよう、ございますっ あ、あのっ 服がなくて……部屋に戻ろうとして……その……このような格好に」

 しどろもどろに話す彼女は、ごくごく自然に俺に話かけていた。
 昨日のことが許されたような気がして、罪悪感が逆に広がっていく。
 なのに拒否されていないことに、肩の力が抜けていく。

(俺は勝手だな……)

 心の中で苦く笑いながら、初音に問いかける。

「……体、大丈夫か?」

 弱々しい声で言うと、彼女は顔をますます赤くして、シーツを引き寄せる。

「……ええ」
「そっか……風呂に入るか」
「はい……」
「もう入れてある。着替え、持っていくから」
「……ありがとう存じます」

 ぎこちなく会話して、初音はその格好のまま風呂場へと行ってしまった。その後も景虎と雅姫の話題は切り出せず、初音との距離がぎこちないままだ。
 何から話せば――という迷いもあるし、今さらだ――という思いもある。
 俺は景虎ではないし、初音も雅姫ではない。
 ただ巡り合って惹かれた、というには、俺たちの関係は深くなりすぎた。

 幸いというべきか、初音は俺の失敗したおじやを微笑みながら食べてくれたし、夢の話を積極的に話そうとはしない。ただ、今まで通りの空気でいてくれる。その気遣いに、甘えられなかった。

「初音……その、なんだな」

 出勤する前、俺は眉を下げながら彼女に切り出した。
 
「……帰ってきたら、俺たちのことを話そう」

 初音がぴくりと小さく震えた。

「不誠実なことはしない。それだけは約束する」

 言い訳になっているような、なっていないようなことを言って彼女を引き留めた。初音は小さく微笑んで、こくりと頷く。

「忍さん、分かっていますから」

 そして困ったように微笑んで、ふわりと笑う。許しのような笑みを見て、罪悪感が湧き上がる。ちくりと胸が痛んだのを感じて、俺は初音に手を伸ばしかけて、そっと腕を下ろした。
 いつもしていた初音へのキスが、今日はできなかった。

「……行ってくる」
「行ってらっしゃいませ……」

 彼女に見送られ、玄関へ行くと若林が待っていた。
 若林の目が、いつも以上に冷えている。

 ――何かありましたね? まあ、言わなくても察しますけど。

 無言の圧力を感じて、俺は顔をひきつらせた。
 
 車内に乗り込み、若林と一緒にスケジュールを確認する。
 いつものようにしたと思ったが、若林は眼鏡を上げて俺に鋭く切り込んできた。

「社長。いつもキレがありませんね。初音さんと何かありましたか?」

 俺は若林から目をそらした。

「…………別に、何もない」
「間が長すぎです。何したんですか? 初音さんを押し倒しましたか?」

 図星を突かれ、両肩が跳ねた。その動揺を若林は見逃してくれなかった。ちらりと見ると、若林の目は完全に据わっていた。

「社長」
「……なんだ」
「ちゃんと避妊はしたんですよね?」
「…………」
「沈黙は最悪の回答ですよ」

 俺は嘆息して、ぶっきらぼうに告げた。
 
「責任は取る。初めから、そのつもりだ」
「責任って、なんでそんなに上から目線なんですか。結婚は対等にするものだとか言っていませんでしたか?」
「……そうだったな」
「いったいどうしたんですか。今までそこらへんスマートに対応していましたよね?」

 若林に詰め寄られ、俺は観念してぽつりと言った。
 
「……初音が、夢で見た姫だったんだ」
「…………」
「黙るな。頼むから」
「そんなことだろうと思いましたよ」

 若林が深く息を吐き、俺は言い訳しようもなかった。
 から回っていると自分で分かっていながらも、若林に問いを投げかける。
 
「なあ、若林。プロポーズといえば、花束か?」
「知るか! 自分で考えろ!」

 叱責の声が聞こえたが、俺は初音に何をどう伝えるかで頭がいっぱいだった。
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