前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました
 夕闇に沈む家の前で、日向様は静かに車を止めた。車から降りた日向様にエスコートされ、わたしは玄関のドアホンを鳴らした。
 
「鍵は?」
「……持たされていなくて」
 
 そう言うと日向様は目を眇め、舌打ちしそうな表情でぼそりと呟いた。
 
「徹底的に搾取してるんだな……」
 
 その呟きに答える間もなく、ドアホンが点滅した。わたしは顔を近づけて名を告げた。

「初音です……」
 
 すると、甲高い声が響いた。

「初音! どこほっつき歩いてんのよ! 夕ご飯はどうしたのよ!」
 
 一華の声だった。

「今の騒がしい声は、誰だ?」
 
 わたしは身内の恥を晒してしまったように恐縮しながら小声で答えた。
 
「従妹の一華です」
「ほお。ずいぶんと強欲な者たちだ」
 
 ちらりと日向様を見ると、すでに勝ちを確信したように笑っていた。彼が先にドアを開け、わたしを中へ促した。

「何があっても、俺に合わせて」
 
 魔法のようなことを言われた。
 わたしはこくんと頷く。

(何があっても、彼を信じよう)

 心に決めて玄関で靴を脱いだ。彼に来客用のスリッパを差し出していると、ドスドスと音を立てて誰かがやってきた。

「初音! なにぼやぼやしてん……の、よ?」
 
 般若のような顔をしていた一華が、わたしと彼を見て目を点にする。朝整えたはずの髪は乱れ、化粧も崩れ、顔だけが不自然に光っていた。一華はわたしと日向様を交互に見た後、口をぽかんと開いた。
 
「一華さん、ただ今、戻りました」
 
 淡々と告げると、日向様がわたしの横に立って、優美な笑みを口元に浮かべる。

「初めまして、青葉一華さん。私は日向忍。初音さんの婚約者です」
「――――は?」
 
 一華が肩をわなわなと震わせ、「信じられない」と言わんばかりの顔をした。
 
「突然ですが、正式に彼女との婚約を申し込みに来ました。お父上はご在宅で?」
「どういうこと⁉」
 
 一華が絶叫する。大声を聞きつけた叔母が慌ててやってきた。
 日向様は叔母を見ると、柔らかな笑みを口元に浮かべた。

「初音さんの叔母上様ですね。私は日向忍。日向ホールディングスのグループ会社の社長をしております」
「しゃ、社長⁉」
 
 そう言って、彼はコートの内側から名刺入れを取り出し、一枚抜くと叔母に差し出した。叔母は名刺を受け取り食い入るように見る。

「ご挨拶をさせていただいても? 今日は、初音さんを迎えにきました」
「こ、こんなの嘘よっ! なんで初音がこんなハイスペックな人と一緒にいるの⁉」
「一華、少し、落ち着きなさいっ」
「だって、ママ! こんなのおかしいじゃない!」
 
 日向様は余裕たっぷりに目を細め、わたしの腰を抱いた。

「私が彼女に一目惚れしたんです」
(えっ……!)
 
 甘い声が耳元に落ち、かっと顔が熱くなった。

「話してみると彼女は実に奥ゆかしく、聡明だ。所作も言葉遣いも何もかもが私を惹きつけるんです」
 
 そう言って、わたしを見つめた。

「な、初音」
 
 同意を求められ、わたしはぱくぱくと口を動かしてしまった。

(え、笑顔が眩しい……ハッ、合わせないと!)

 とりあえず縦に首を振った。日向様はにこりと笑い、叔母に微笑かける。
 
「すぐに叔父上に会わせてください」

 叔母は怯えながらも、こちらへと案内してくれた。
 客間でソファに座るわたしたちを見て、叔母はそそくさと退出する。

「お茶をお持ちいたしますね」
 
 わたしは立ち上がり、彼に声をかけた。すると彼はわたしの腕を握り、そのまま引き寄せ座らせた。

「君は使用人じゃない。そんなことはもうしなくていいんだ」
 
 はっきりとした声色で言われ、ドキドキと胸が高鳴っていった。

「……それでしたら」

 ソファに座り直して間もなく、スーツ姿の叔父がへこへこと頭を下げて入室した。
 彼は立ち上がり、叔父に挨拶した。

「青葉正光様ですね。初めまして」
 
 日向様が名刺を出すと、叔父は低姿勢で名刺を受け取った。肩書きを見ながらソファに座り、顔を引きつらせつつ笑顔を取り繕った。

「まさか……ええ、日向ホールディングスの御曹司がいらっしゃるとは……」
 
 彼がソファに座り、わたしも座る。

「御曹司とはいえ、グループ会社を任されている立場です。日向は実力のない者に、居場所を作りませんから」
 
 叔父は日向様の言葉ひとつひとつに、ぺこぺこと頭を下げた。
 冷めた目で叔父を見ていると、叔父は落ち着きなく手をすり合わせた。

「えっと……初音を婚約者にという話ですが」
「結婚を視野に婚約を申し込みました。初音さんもご承知してもらえたので、こうしてご挨拶にお伺いにきました」
「……それなら私たちも日向様のご両親にご挨拶を」
「いえ、結構です」
 
 叔父は困惑した。

「両親は海外と日本を行き来しているので、忙しい立場です。報告はしますが、結婚に関しては私に一任されています」
「は、はあ……しかしっ」
「しかるべき時が来ましたら、結納金を納めましょう。彼女にはそれぐらいの価値がある」
 
 そして、わたしを見つめて日向様は微笑んだ。

「私の我儘を押し通す形になりました。初音さんには心の準備が必要でしょう。そのための婚約期間です。その間、彼女には日向の家に馴染んでもらいたいんです」
 
 日向様は流れるように叔父を見やった。

「今日から初音さんには私と一緒に暮らしてもらいます。荷物は引き払わせてもらいます」
「きょ、今日でございますか?」
「早い方がいいですし、()()待てないので」
 
 日向様は長い足を組んで、目を眇めた。

「――彼女はずいぶんと劣悪な環境にいるようですしね」
 
 彼が言い切ると、叔父の顔が青ざめた。
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