冷徹CEOと、一夜から始まる溺愛契約
「彼女の分は俺が払う。もう酒は出すな」
命令口調。けれど、バーテンダーは怯えるどころか恭しく頭を下げた。
この人、何者?
抗おうとした私の目を、彼が正面から捉える。
その瞳の奥に、僅かな心配の色があった。
凍てつくような声とは裏腹に、この人は私を案じてくれている。
不意に、涙が溢れてきた。
どうして。見知らぬ人の優しさに、こんなにも胸が痛むの。
一度溢れたら、もう止まらない。
今日の面接官の視線。父の治療費の支払期限。もう限界だということ。そして、誰にも必要とされていないという深い孤独。
すべてが、一気に押し寄せてきた。
「……泣きたいなら、もっと安全な場所で泣け」
男性の声が、不思議と心に響く。
彼はそっと真っ白なハンカチを差し出してくれた。触れただけで高級だとわかる上質な生地。
「お前みたいな女が、こんな場所で一人で酒を飲むな」
そう言いながら、彼の視線が私の首元で止まった。そこには母の形見のパールネックレスがある。
「そのネックレス。本物の真珠だろう」
「……っ」
そして、彼の視線が私の左手薬指に注がれる。
指輪はない。けれど、私が癖のようにその指を右手でさすっているのを、彼は見逃さなかった。
「……その指をかばうような仕草。お前は、大切な何かを失ったんだな」
図星だった。この人には、すべてが見透かされているような気がした。
「……全部、失いました」
気がつくと、私は彼に話していた。