恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
「充輝?」

 来海が戸惑うように名前を呼ぶと、耳元で低い声が返ってくる。

「ん?」
「その、どうしたの?」
「こうされるの、嫌?」

 そう囁かれた来海は慌てて首を振った。

「ううん、嫌じゃないよ?」

 その答えを聞いた充輝は更に腕に力を込める。

「来海が可愛いから、抱き締めたくなった」

 耳元で落ちた言葉に、来海の頬がみるみる赤く染まっていき、照れ隠しのように部屋を見渡しながら話を逸らす。

「も、もう……充輝ってば……そ、それより、ここ、良い部屋だけど、こんなに高い部屋……何だか勿体無い気がする……」

 すると充輝は小さく笑った。

「そんなこと無いよ。来海とこんなに素敵な部屋に泊まれるの、俺は嬉しいよ」
「……わ、私だって嬉しいよ?」
「なら良いじゃん。ね?」
「うん……」
「少し、座ろっか」

 そう言って充輝は一度来海の身体を離すとベッドへ腰掛け、手招きをした。

 来海は少し恥ずかしそうにしながらも、その隣に静かに腰を下ろす。

「……来海」
「ん?」
「一緒にいられる時間を、一分一秒も無駄にはしたくない」

 真剣な眼差しでそう告げられ来海の胸がきゅっと締め付けられた。

「私も……」

 そう言いかけた瞬間、充輝の腕が再び伸び、強く抱き寄せられる。

 額が触れ合い鼻先がかすかに掠め、互いの吐息が混ざるほどの近さで、充輝は想いを口にする。

「来海、好きだよ……離れるのは凄く不安だし、触れられなくなるのは辛いけど……出来る限り早く迎えに行く」

 その言葉を聞いた来海は少し潤んだ瞳を細めて微笑んだ。

「うん、待ってるよ」

 健気なその返事に充輝の胸は熱くなり、泣きそうになるのを堪えながら、そっとポケットへ手を入れた。

「来海には辛い思いをさせて申し訳ないけど、もう少しだけ我慢して欲しい」

 そう言いながら取り出したのは指輪の入った小箱。

「それで、俺が戻ってきた、その時は……もう二度と離さないから……」

 それをそっと来海の前に差し出すと、戸惑いながらそれを見つめる来海に充輝は静かに言葉を続けた。

「俺が戻るまで、これを付けて待ってて欲しい」

 そして、真っ直ぐ来海を見つめる。

「全てが片付いた、その時は――ちゃんとしたものを贈るから」

 それは、未来を約束するような言葉だった。

 来海は胸がいっぱいになりながら小箱を受け取り、ゆっくりと頷く。

「……うん」

 その小さな返事に、二人の間には静かで確かな約束が結ばれていた。
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