恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
「……真白さん」
「彼女、嫌がっていますよね?」

 にこやかな笑みを浮かべる大輔だが、その目は冷ややかで、それを目の当たりにした男は舌打ちをし、「チッ、めんどくせぇ」と吐き捨て去っていった。

「大丈夫ですか?」
「……はい。その、助かりました」

 素直に礼を言うしかない状況に来海は軽く頭を下げると、大輔は穏やかな声音のまま続ける。

「いえ。それよりも、駅までお送りします。こんな時間に一人は危険ですから」
「大丈夫ですから……」
「何かあってからでは遅いです。送らせてください」

 柔らかな物言いとは裏腹に有無を言わせぬ圧があったことと、助けられた手前強く拒むことも出来ない来海は迷った末に頷いた。

「……それじゃあ、駅まで」
「はい」

 繁華街のネオンを横目に二人は並んで歩いた。

 距離は保たれているものの、周囲から見れば親しげに映るかもしれない。

 大輔が時折振る当たり障りのない話題に来海は短く答えていき、時間にしてわずか五分程の距離を歩いて駅に着くと、大輔はそれ以上踏み込むことなく足を止めた。

「それでは、お気をつけて」
「ありがとうございました」

 それだけを交わして二人は別れ、何事もなく終わるはずだったのだが、その光景を偶然、同じ会社の社員が目撃していたことで事態は面倒な方向へ動いていく。

 翌日。

「昨日、向坂さんと真白さんの二人で歩いてたらしいよ」
「向坂さんって羽柴くんと交際してるよね?」
「でもさ、羽柴くんって縁談の話あるんでしょ?」
「ああ、それで別れたとか?」
「次は真白さんってこと?」
「羽柴くんの時から思ってたけど、なんで向坂さんなの?」
「ほんとそれ。あの人にそんな魅力あるの?」

 噂は瞬く間に社内を駆け巡り、それは充輝の耳にも届いていたけれど、彼は動じなかった。

 それというのも昨夜の出来事は来海からすでに報告を受けていて、大輔との間に何もないことは分かっていたから。

 そんな充輝が気にしているのは、噂そのものではない。

 来海が絡まれた瞬間に現れるなんて、出来過ぎてるのでは無いかということと、目撃されたことは偶然かもしれないが、二人きりで繁華街を歩く状況を作ったのは大輔の意図なのでは無いかということを。

 ただ、そこに証拠は無い。

 それでも胸に引っかかる違和感は消えなかった。

(これ以上、来海と真白さんの噂が回ることは避けたい……)

 そう判断した充輝は、まともに取り合わない父親との話し合いよりも来海の傍にいることを優先することにした。
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