恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 相変わらず距離を詰めて来る大輔を来海は露骨にならない程度に避けるようになっていた。

 廊下の向こうに大輔の姿を見つければ自然と別ルートへ折れ、資料の確認も出来る限り他の社員へ回す。

「向坂さん、これなんですが――」

 席に着いている時に声を掛けられても、

「申し訳ありません、今少し手が離せないので、別の方に聞いてもらえますか?」

 何かと理由をつけて距離を取る。

 大輔はそんな来海をじっと見つめた後で、

「そうですか、お忙しいところをすみませんでした」

 頭を下げてその場を離れていく。

 一方充輝は、来海からも大輔が頻繁に声を掛けて来るという話を聞いていたので、出来る限り大輔を監視して近付けさせないようにしようとするも現実は思うようにいかず、充輝は充輝で例の海外行きや縁談のことで日々頭を悩ませていた。

「何度も言うけど、俺に海外支社へ行くつもりも、会社の為の結婚もするつもりはありません」
「またその話か。いい加減何度も同じことを言わせるな。お前の意見は必要無い。それとも、全てを捨てるつもりなのか?」
「…………っ」

 父親の冷ややかな言葉に、充輝は言葉を飲み込む。

 全てを捨てる――そのことについても充輝なりに考えてはいるが、仮に職を失い実家と疎遠になったとして、父親と繋がりのある企業が国内に沢山あることを踏まえると、先手を打たれて就職先を見つけることが困難になるかもしれないことや、自分のせいで来海にまで苦労を掛けることを懸念していた。

(けど、もうそれしか海外行きや結婚から逃れる手段が無い……よな……)
 
 結局この日も答えは出せず、充輝は渋々父親との会話を終えた。

 それから数日が経ったある日の夜。

 充輝は今日も父親との話し合いの為に実家へ行っている為、残業を終えた来海が一人繁華街を歩いていると背後から軽薄な声が掛かる。

「ねえ、今帰り? 一人なら俺とどこか行かない?」

 振り返るとそこに居たのは酔っ払っている一人の青年。

「……結構です」

 こういう人を相手にしても面倒なだけと、その場から立ち去ろうとするも、男は咄嗟に来海の腕を掴んだ。

「そんな冷たいこと言わないでさ」
「離してください」

 人目はあるが、誰も積極的には関わろうとせずに通り過ぎて行くだけ。

 助けは期待出来ないと来海が思い切り力を込めて相手の手を振り払おうとしていた、その時、

「その手、離してもらえますか」

 低く静かな声が割って入って来た。

 振り向いた来海の視界に映ったのは大輔の姿だった。
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