猫と私と、クラスメイトと








馴染みのドアを開けた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。




あの子は、いつもならこっちの気配に真っ先に気づいて向かってくるはずの子は、私の存在に気づきもしない。



それどころか、目の前の知らない手に身をすっかり預けてしまっている。



宮原心呂(みやはらこころ)、17歳。今、目を覆いたくなるような浮気現場に立ち会っている。





しかもその浮気相手は………





「……ん?」




彼-----もといその浮気相手がこちらに気づいて顔をあげ、思わず体がビクッと震えた。






「お前、宮原……だよな。同じクラスの。すげー偶然」



そう言いながら、愛しのあの子を腕の中に抱いたまま、平然とした様子でこちらにやってくる。




「そっか、やっぱりお前も好きだったんだな。」



お前「も」って、、私はずっと前から、あなたよりずっと前から好きだったのに………



悲しい気持ちが胸を覆い尽くしていく。



彼が目の前まで近づいてきた瞬間、愛しのあの子はピョンと彼の腕からはなれて、私に抱きついてくる。




それが嬉しくて、でもさっきまで彼に同じことをしていたと思うと切ない気持ちになり、ぐちゃぐちゃの気持ちのまま思いっきりその子を抱きしめた。



「バカッ………なんで浮気しちゃうのよ、カステラ!」






カステラは私の叫びを受け取って、にゃーーんと甘えるように鳴いた。





ーーーー





「ふーん、カステラがなついてる常連客って、宮原のことだったんだ」



薄情にもゴロゴロとお腹をみせて甘えているカステラを撫でながら、彼はそうつぶやく。



「うん……」




私はそんなカステラを複雑な面持ちで見つめながら、ポツリとうなずいた。








そう、ここは保護猫カフェ。




いわゆる、猫と遊べる、猫好きのためのカフェ。


「保護」と名付いているのは、普通の猫カフェとは少し異なり、ここにいる猫ちゃんたちが捨てられたり野良猫だったりする保護猫だからだ。



お客さんたちはここに通うことで、猫とふれ合いながら新しい家族を探すことができる。




私はここの常連客。授業が終わったあと、ほぼ毎日通っていた。



なぜなら、、そう!
まさに目の前にいる黒猫、カステラに会いにくるため。




学校でイヤなことがあったとき、ふらりとここに初めて立ちよった時が私とカステラの出会い。




カステラは、ただ座って猫ちゃん達をながめていただけの私に近付き、ペロペロと頬をなめてくれた。



まるで、「元気出して」とでも言うように。


その瞬間からもう私はカステラにメロメロなのだ。






「カステラが人に懐くのなんて初めて見た」



店員さんがそう言ってかなり驚いていたのがまた嬉しくて、高校を卒業したら絶対に引き取ろう!と心に決めていた。



それなのに……!





「あー、俺が登場ってコト?」




「そう」




私の話を聞いて、ワハハと笑っている彼……もといカステラの浮気相手は、
日野沢尚(ひのさわなお)くん。私のクラスメイトである。




勉強もスポーツも万能でおまけに顔もいいので、いつもみんなに囲まれている。


接点なんてなかったから入学してからも
あまり話したことがなかったけれど、、 こんな所で会うなんて。


しかも、、







「ううううっ。カステラは私にしかなつかないはずだったのに……」


顔を覆う私に日野沢くんは「残念だったなぁ」とまた笑う。




そのあいだにもゴロゴロと日野沢くんに甘えているカステラを見て、私はむぅっとむくれる。



カステラの浮気者!私といるときより、ゴロゴロ喉なんか鳴らしちゃって!



カステラは私の心情を知るよしもなく、クワーとあくびをしている。かわいい。



「でも……まさか日野沢くんが猫好きだとは知らなかった」




そう言うと、目の前のクラスメイトはカステラに向けていた切れ長の目をパッとこちらによこした。



「まじ?俺、めちゃくちゃ好きだよ、猫。今一匹家にいるしな。まあここに来るのは初めてだけど」





「なるほどね……初回で私のカステラの心を奪った……と」



「おまえまじでカステラ命だなー」




日野沢くんはよく笑う人のようで、私の発言に声をたてて笑い、楽しそうに話をきいている。



カステラをめぐるライバル(?)とはいえ、その話すときの感じの良さに、友達の多い理由が分かる気がした。




……とはいえ、問題はそこではない。



「あの、日野沢くん。聞きたいことがあるんだけど」


「ん?」



私は居ずまいを正し、カステラを挟んだ状態で日野沢くんに向き直る。



「日野沢くんは、ここに猫を引き取りにきたの?」



「うん」



アッサリとうなずかれ、ドキリと胸が音をたてる。




「今飼ってる猫が、ちょっと寂しそうだからな。ソイツに友達連れてきてやりたいんだよ」



「……じゃあ……カステラ、連れていっちゃうの……?」




こんな日が来ることを、覚悟していなかった訳じゃないけど……




それでも、カステラと会えなくなるかも、と想像するとジワッと涙がにじんだ。



そんな私を見て、日野沢くんはギョッとしたように目を見開くと、あわてて抱き上げていたカステラをおろした。




カステラは名残惜しそうににゃぁんと鳴く。



「いやいや、まだどの猫かとかは全然決めてないよ。それに宮原が将来引き取るつもりなら、そんな奪うようなことしないし」




「ほんと!?」



日野沢くん……なんていい人なのっ!



カステラ可愛さあまりに、勝手に対抗心を燃やしていたのが恥ずかしくなるくらいだった。




「……っ」


「あ、ご、ごめん」




興奮のあまり彼の手をとってしまい、日野沢くんの顔が間近にあることに気づいた。





ヒー!私ってば!ほぼ初対面のクラスメイトになんてことを……!



「いや……大丈夫」




日野沢くんは顔を赤らめたまま、もう一度カステラをだきあげてふわふわの腹に顔をうずめる。



怒らせちゃったのかな……?




「……あのさ、宮原」




「なっ、なに?」



「カステラはおまえが引き取るってことでいいけど、俺もたまにこうやって会いに来てもいいよな?」



お前が飼いだしたら、なかなか会えなくなるわけだし……とつぶやく日野沢くんに、ウンウンと首を縦にふる。



「それは、もちろんだよ」



「オッケ。じゃあ、俺もしばらくここに通うこととするかな」





そう言って屈託なく笑う日野沢くん。








この日から、日野沢くんと私、そしてカステラとの、猫カフェで過ごす放課後が幕を開けたのだった。





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