血の契りより、あなたを選ぶ
1:葬儀
雨は、静かに、しかし執拗に降り続いていた。
黒い傘が並ぶ中で、私はひとり、傘を差していなかった。
濡れる喪服が、やけに重い。
それでも構わなかった。
今日、土に還ったのは
——鷹宮修司だった。
父の護衛。
私の盾。
そして、何も語らずに、すべてを守ってくれた。
葬儀場の裏手にある喫煙所は、簡素で、寒々しかった。
屋根はあるが、雨は横殴りに入り込んでくる。
ポケットから一本の煙草を取り出す。
修司が、いつも吸っていた銘柄。
私は喫煙者じゃない。
それでも、この煙草だけは捨てられなかった。
——守れなかった。
胸の奥で、何度も同じ言葉が反響する。
修司は、私の前で倒れたわけじゃない。
それでも、守られていたのは、いつも私の方だった。
ライターを握る。
金属の冷たさが、現実を突きつける。
火をつける。
吸い込む。
喉が焼けるように痛んだ。
修司は、こんなふうに、何を思って煙を吐いていたのだろう。
そのとき、
はっきりとした視線を感じた。
見なくても分かる。
誰かが、こちらを見ている。
「……雨の中で吸うの、きついだろ」
低い声。
落ち着いていて、距離感を誤らない声。
一瞬、顔を上げそうになって、
脳裏に、父の言葉が突き刺さった。
『今の男を見るな』
理由は聞かなかった。
父がそう言うときは、必ず“組織の匂い”がする。
視線を合わせてはいけない。
関わってはいけない。
それなのに、なぜか分かってしまった。
この男は、堅気じゃない。
それでも、
私を“娘”として見る目ではなかった。
「……」
私は何も答えず、煙をひとつ、深く吐いた。
「無理に吸わなくてもいい」
優しさか、ただの気遣いか。
判断する前に、私は動いていた。
煙草を灰皿に押し付ける。
じゅ、という音とともに、火が消える。
——ごめん、修司。
心の中でだけ、そう言った。
振り返らず、その場を離れる。
雨に足音が溶けていく。
背中に、まだ視線が残っている気がした。
それでも、立ち止まらなかった。
父の忠告を、守った。
——はずだった。
しばらく歩いてから、
軒下でふとポケットに手を入れる。
ない。
煙草も、
ライターも
血の気が引いた。
それは、鷹宮修司の形見だった。
最後まで、彼が手放さなかったもの。
雨の中、
出会ってはいけない男の前に、
置いてきてしまった。
黒い傘が並ぶ中で、私はひとり、傘を差していなかった。
濡れる喪服が、やけに重い。
それでも構わなかった。
今日、土に還ったのは
——鷹宮修司だった。
父の護衛。
私の盾。
そして、何も語らずに、すべてを守ってくれた。
葬儀場の裏手にある喫煙所は、簡素で、寒々しかった。
屋根はあるが、雨は横殴りに入り込んでくる。
ポケットから一本の煙草を取り出す。
修司が、いつも吸っていた銘柄。
私は喫煙者じゃない。
それでも、この煙草だけは捨てられなかった。
——守れなかった。
胸の奥で、何度も同じ言葉が反響する。
修司は、私の前で倒れたわけじゃない。
それでも、守られていたのは、いつも私の方だった。
ライターを握る。
金属の冷たさが、現実を突きつける。
火をつける。
吸い込む。
喉が焼けるように痛んだ。
修司は、こんなふうに、何を思って煙を吐いていたのだろう。
そのとき、
はっきりとした視線を感じた。
見なくても分かる。
誰かが、こちらを見ている。
「……雨の中で吸うの、きついだろ」
低い声。
落ち着いていて、距離感を誤らない声。
一瞬、顔を上げそうになって、
脳裏に、父の言葉が突き刺さった。
『今の男を見るな』
理由は聞かなかった。
父がそう言うときは、必ず“組織の匂い”がする。
視線を合わせてはいけない。
関わってはいけない。
それなのに、なぜか分かってしまった。
この男は、堅気じゃない。
それでも、
私を“娘”として見る目ではなかった。
「……」
私は何も答えず、煙をひとつ、深く吐いた。
「無理に吸わなくてもいい」
優しさか、ただの気遣いか。
判断する前に、私は動いていた。
煙草を灰皿に押し付ける。
じゅ、という音とともに、火が消える。
——ごめん、修司。
心の中でだけ、そう言った。
振り返らず、その場を離れる。
雨に足音が溶けていく。
背中に、まだ視線が残っている気がした。
それでも、立ち止まらなかった。
父の忠告を、守った。
——はずだった。
しばらく歩いてから、
軒下でふとポケットに手を入れる。
ない。
煙草も、
ライターも
血の気が引いた。
それは、鷹宮修司の形見だった。
最後まで、彼が手放さなかったもの。
雨の中、
出会ってはいけない男の前に、
置いてきてしまった。
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