血の契りより、あなたを選ぶ

2:久瀬恒一side

 女が立ち去ったあとも、喫煙所には雨の匂いが残っていた。
 煙草の火を消す音だけが、やけに耳に残っている。

 俺は、しばらくその場を動けなかった。

 追いかける理由はない。
 声をかける立場でもない。
 それなのに、視線が自然と、灰皿へ落ちる。

 そこに、忘れられたものがあった。

 一本の煙草と、
 年季の入ったライター。

 拾い上げた瞬間、違和感が走る。

 ——銘柄が、渋すぎる。

 流行りでもない。
 軽くもない。
 長く吸ってきた人間が、惰性で選ぶ煙草。

 裏の人間が好む、
 誤魔化しのきかない味だ。

 ライターを裏返す。
 角が、わずかに欠けている。

 落としたんじゃない。
 叩いた痕だ。

 現場慣れしている手の癖。
 咄嗟に使って、無事でいる人間の癖。

 そして、何より。

 ——女が持つには、重すぎる。

 物理的な話じゃない。
 これは、誰かの人生が染みついた重さだ。

 思い出す。
 煙を吸い込む彼女の横顔。

 泣いてはいなかった。
 けれど、悲しみよりも深いものを抱えていた。

 喪服。
 雨。
 形見のような煙草。

 ——堅気じゃない。

 そこまでは、はっきりしている。

 だが同時に、確信もあった。

 ——俺の組の人間でもない。

 もし身内なら、
 この煙草を、こんなふうに放っていかない。

 ライターを握り直す。
 火をつけるか、一瞬だけ迷って、やめた。

 吸う資格はない。

 これは、
 誰かを守って死んだ男のものだ。

 ポケットに入れる。
 返すつもりで。

 ——いや。

 調べるためだ。

 女の正体を。
 この煙草の持ち主を。

 そして、
 あの視線の意味を。

 雨は、もう小降りになっていた。
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