血の契りより、あなたを選ぶ

6:再会

 再会は、予定していなかった。

 だからこそ、避けようもなかった。

 夜の路地は静かだった。
 人通りも少なく、灯りも最低限。
 裏の人間が好む、余計なもののない場所。

 私は足を止めた。

 前に立っていた男を、
 見間違えるはずがなかった。

 ——あの喫煙所の声。

 黒いコート。
 雨に濡れた記憶と同じ、低い体温の気配。

「……探してたのは、これか」

 男は、そう言って手を差し出した。

 掌の上にあったのは、
 一本の煙草と、使い古されたライター。

 鷹宮修司のもの。

 胸が動いたが、顔には出さない。

「……ありがとう」

 私は一歩も近づかずに言った。

 距離は、詰めない。
 詰めたら、越える。

 男の視線が、わずかに細くなる。

「礼を言われる筋でもない」

「それでも、言う」

 私は、彼の手からそれを取った。
 指先が触れそうになって、触れない。

 その一瞬に、
 お互いが“触れたら終わる”ことを理解していた。

「鷹宮修司は……」

 男が、そこで言葉を切る。

 私が視線を上げたのを、見逃さなかった。

「……筋の通った男だった」

 それだけ。

 それ以上は、
 誰も語らない方がいい。

「知ってる」

 私は、短く返す。

 沈黙が落ちる。

 夜風が、煙草の匂いを運んだ。

 恒一は、私をまっすぐ見た。

 探る目じゃない。
 値踏みでもない。

 ——知っている目だ。

「鷹宮義一の娘だな」

 確認じゃない。
 断定だった。

 否定しない。
 する意味がない。

「……ええ」

 それだけで、空気が変わった。

 名前が出た瞬間、
 ここは“個人”の場所じゃなくなる。

 恒一は、わずかに息を吐いた。

「修司さんに、世話になった」

 それが、彼の自己紹介だった。

 余計な過去は語らない。
 借りの重さだけ、置いていく言い方。

「だから、返した」

「それだけ?」

 私が聞くと、
 男は一瞬だけ、黙った。

「……それだけにしておく」

 正しい判断だ。

 私は煙草とライターをポケットに収める。

「…名前は?」

 彼の眉が、ほんの少し動いた。

「久瀬恒一」

「…次はない」

 忠告でも、脅しでもない。
 事実を告げただけ。

「分かってる」

 即答だった。

 分かっていて、
 それでもここに立っている男だ。

 私は一歩、後ろに下がる。

「それでも——」

 恒一が、言いかけて止めた。

 続きを聞かなくても、分かる。

 それ以上は、
 言葉にしたら、戻れなくなる。

「じゃあ」

 私は、背を向けた。

 振り返らない。

 それが、
 鷹宮義一の娘としての礼儀で、
 鷹宮修司に育てられた人間の距離感だ。

 数歩進んだところで、
 背中に、静かな声が届く。

「……修司さんは、
 あんたが生きてることを、
 一番の成果だと思ってたはずだ」

 足を止めなかった。

 返事もしなかった。

 でも、その言葉だけは、
 胸の奥に、確かに落とした。

 路地を抜ける。

 夜は、まだ深い。

 そして、
 この再会は、
 “終わり”じゃない。

 ただの、始まりだった。
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