私を殺した夫と円満に離婚する方法
プロローグ
断頭台の上からは、人という人の頭が見下ろせる。
「悪女を殺せ!」
「この守銭奴が。おまえのせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ」
「あの人を返して! 人殺し!」
みすぼらしい囚人服のフィオリーナ・エルベイドは凛とした表情で群衆を見据えた。いつもはやわらかく編み込んでいたアッシュブラウンの髪もぼさぼさで、風が吹くたびに暴れて彼女の顔を覆い隠す。
罵声と共に石が投げられ、その一つがガツンと額に当たったが、彼女は血が流れても動じない。ただ空を鋭く見つめるだけ。
「静かに」
フィオリーナの後ろ手に縛り上げ、その先の縄を手にするのはエルベイド公爵のカステリオである。若き公爵として領地をまとめる彼に、民は絶大なる信頼を寄せていた。
そして彼はまた、フィオリーナの夫でもあった。
そのカステリオが、ひとこと声をかけただけで、集まった人々はしんと静まり返る。
「これから我が妻、フィオリーナ・エルベイドの刑を執行する」
エステリオの声に反応して「うおぉおお!」という歓声が広場に響き渡った。
フィオリーナの罪は、横領と殺人。エルベイド公爵家の資産を私利私欲のために散財したうえに、公爵家が保有する鉱山において、安全を顧みず利益優先した採掘の結果、坑道が崩落し、多数の鉱員が巻き込まれ命を失った。
もはやエルベイド公爵領は破産寸前。それでも民のためにと私財をなげうち、亡くなった鉱員への補償を行おうとしているのがカステリオである。彼にとって、フィオリーナは妻であったが、今となっては邪魔な存在にすぎない。
「私自ら、この手で妻を処刑する。それが君たちへの贖罪だ」
カステリオの言葉に同調するかのように、歓声が起こる。
フィオリーナは、エメラルドグリーンの瞳をぎらぎらと光らせながら、カステリオを鋭く睨みつけた。
「なんだ、その目は」
ザシュッ!
空を斬る音が響き、フィオリーナの髪が宙に舞う。腰まであった髪は、彼によって切り落とされた。
「膝をつけ」
カステリオはフィオリーナの身体を無理やり床に押しつけ、膝を突かせた。
それでもフィオリーナは、首が落とされるその瞬間まで、自分の無実を訴え続けた。たとえそれに耳を傾ける者が、誰ひとりいなかったとしても――。
はっとしてフィオリーナは目を開けた。背中にぐっしょりと汗をかき、喉もからからに渇いている。
(夢……?)
そのわりには異様に現実的だった。あの場の熱気も憎悪も、そして血のにおいも、すべて感じたくらい。
「いたっ」
身体を起こそうとした瞬間、額に微かな痛みが走った。額を抑えてみたが、血が出ているわけではないようだ。
フィオリーナはサイドテーブルに用意してある水差しに手を伸ばそうとして、手首の擦れた跡に気がついた。それはまるで何かに縛られたような跡。
(夢……じゃない……?)
確かにあのとき、夫のカステリオの指示でこの首を落とされたはずだが、痛みよりも恐怖を感じた瞬間、ぶつりと意識が途切れた。
フィオリーナが慌てて首筋に触れてみると、そこはしっかりつながっているし、切られたような跡も残っておらず痛みもない。
(ここは、どこ?)
不安になって、あらためて室内を見回してみたが、ここは見慣れたフィオリーナの自室だった。いや、この部屋は二年前までフィオリーナがリビエラ侯爵家で使っていた部屋だ。つまり、フィオリーナの実家である。
(どうして、ここに?)
薄闇の中、心臓だけがドキンドキンと大きな音を立てている。
水差しからグラスに水を注ぎそれを一気に飲み干せば、ぬるい水が喉を通り過ぎる感覚に、生きているという実感が湧いてくる。
「ふぅ……」
グラスをテーブルに戻し、額の汗をぬぐう。
夜明けまで、まだ少し時間がありそうだ。
(私は、フィオリーナ・リビエラ。リビエラ侯爵の長女……そして、エルベイド公爵子息のカステリオと結婚した)
その記憶がフィオリーナの頭の中にまざまざと蘇ってくる。
気持ちを落ち着けるために軽く息を吐いてから、もう一度、寝台に潜り込んだ。だが、変に目が冴えてしまい、眠れそうにはない。
(私はカステリオのせいで処刑された。いえ、彼の愛人……ルナリアのせいだわ……)
フィオリーナの罪状は横領と殺人とされていたが、フィオリーナにとってはまったく心当たりがないものだった。
公爵家の資産は、フィオリーナが自由にできるものではなかった。公爵夫人として屋敷内の切り盛りはしていたが、それにかかる費用は少ない予算でなんとかやりくりしていたのだ。
それでも次から次へと公爵邸に届けられるドレスや宝石類。それを手にしていたのは――。
(ルナリア・セイラン。カステリオが愛人として大事にしていた女性。男爵家の出身だから、身分が合わず結婚はあきらめた)
だから彼女は愛人だった。
ルナリアのせいで公爵家の資産は、目に見えて減っていく。
カステリオにそれとなく伝えても「そうやってオレの気を引こうとするとは、哀れだな」と、隣にルナリアを侍らせながら薄ら笑っていた。
鉱山の崩落事故の件だって、あんな無茶な採掘計画を立てたのはカステリオ本人である。それなのに、いつの間にかフィオリーナのせいにされたのは、鉱山の所有権がもともとはリビエラ侯爵家にあったからだろう。
(そうだわ……鉱山の所有権。エルベイド公爵家はそれを狙って、リビエラ侯爵家に縁談を申しこんだのだわ……)
フィオリーナが結婚した後も、鉱山の所有権はリビエラ侯爵家にあったはずなのに、それがいつの間にかエルベイド公爵家に移っていた。
さらにエルベイド公爵夫妻がその鉱山への視察の途中で不幸な事故にあって命を失い、そしてカステリオが公爵位を継いだのだ。
(今、思い出してみても、不自然よね?)
鉱山の所有権、前公爵夫妻の不可解な死、そして鉱山での崩落事故。すべてがカステリオとの結婚を引き金に、始まったような気がする。
(でも今の私は、カステリオと結婚していない……?)
リビエラ侯爵家の自室で寝ているのがその証拠だろう。
(このまま、彼と結婚しなければいいのでは?)
そう結論づけたところで安心したのか、フィオリーナはもう一度うとうとし始める。
コツコツコツコツ――。
「おはようございます、お嬢様。カーテンをお開けしてよろしいでしょうか?」
元気な女性の声で、フィオリーナは慌てて身体を起こす。
「ええ、おはよう。ミリア」
しゃっとカーテンを開けて姿を現したのは、フィオリーナ付きの侍女、ミリアである。黒い髪を三つ編みにし、顔にはそばかすが浮かんでいるのが愛らしい。
すでに室内には日の光が差し込み、明るく照らしていた。
「お目覚めはいかがですか? 少し、顔色がよくないようですが……眠れませんでしたか?」
ミリアが心配そうに顔を曇らせながら、顔をのぞき込んできた。
「え? あっ、そ、そうね……いろいろ考えていたら……ところで、今日の予定は?」
「はい。明日の結婚式に備えて、ドレスの最終調整がございます」
「明日……結婚式……? エルベイド公爵家?」
「はい……やはり連日の準備でお疲れでしょうか? できるだけお休みできるよう、調整はいたしますが……」
大丈夫よ、と笑顔を作ったフィオリーナだが、内心はどうしたものかと焦っていた。
先ほど、カステリオと結婚しなければいいと自分の中で結論づけたばかりだ。それなのに、今日が結婚式前日となれば、彼との結婚は避けられないだろう。いや、夜逃げのごとくここから脱走して、知らぬ土地に足を向ける方法もあるだろうが、その後の生活を考えれば、現実的な方法とは言い難い。
(今からカステリオと結婚したくないと騒いでも……迷惑をかけるだけよね……)
ミリアが朝の洗顔の用意をしている横で、フィオリーナは小さく息を詰めた。
(ミリアには心配をかけられないわ。だって彼女は……)
結婚後もフィオリーナについてきてくれたのだ。敵の多いエルベイド公爵家では、フィオリーナにとっての唯一の味方であったと言っても過言ではないほど。
――リビエラ侯爵様に相談しましょう。
――奥様、どうして見て見ぬ振りをするのですか? あんな女、さっさと追い出せばいいではありませんか!
フィオリーナの代わりにミリアが感情を剥き出しにしてくれたおかげで、意外と冷静になれたのも事実だが、あまりにも事を荒らげたらカステリオがミリアをクビにしそうで怖かったのだ。
――ふん、そんな侍女の一人や二人。オレの力でどうとでもなることを忘れるなよ?
ミリアの幸せを考えたら、彼女だけでもリビエラ侯爵家に帰せばよかったのに、それができなかったのは、フィオリーナにとっての唯一の支えだったから。
それなのにカステリオは、ミリアまで――。
(ミリアは決して傷つけない。だけどカステリオとの結婚も免れないとなれば……)
「お嬢様、洗顔の用意が整いました」
「ありがとう」
笑顔で答えれば、ミリアもほっと安堵の笑みを浮かべる。
だがそこで、先ほどまで手首にあった縄の擦れたような跡がなくなっていることに気がついた。
やはり夢だったのだろうか。いや、夢だったとしてもあれはこれから起こる未来なのだ。同じ過ちは二度と繰り返さない。
(ミリアを守るためにも……)
顔を洗ったところで、フィオリーナの思考は研ぎ澄まされていく。ふわっとやわらかなタオルは花の香りがして、記憶を刺激した。
(そうよ、カステリオとの結婚が避けられないのであれば、離婚すればいいのよ。後腐れなく、彼との関係を断ち切るの!)
カステリオが欲しているのは、もちろんお金だ。だからリビエラ侯爵家の鉱山を狙い、その所有権を奪った。
となれば、カステリオに必要な資金さえあげればいい。だからって鉱山の所有権を渡すつもりはなく、代わりのものを用意すればいいのだ。
目指すは、カステリオとの円満離婚。そして離婚後は自由を謳歌してやる!
心の中で拳を握ったフィオリーナは、満面の笑みを浮かべた。
「悪女を殺せ!」
「この守銭奴が。おまえのせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ」
「あの人を返して! 人殺し!」
みすぼらしい囚人服のフィオリーナ・エルベイドは凛とした表情で群衆を見据えた。いつもはやわらかく編み込んでいたアッシュブラウンの髪もぼさぼさで、風が吹くたびに暴れて彼女の顔を覆い隠す。
罵声と共に石が投げられ、その一つがガツンと額に当たったが、彼女は血が流れても動じない。ただ空を鋭く見つめるだけ。
「静かに」
フィオリーナの後ろ手に縛り上げ、その先の縄を手にするのはエルベイド公爵のカステリオである。若き公爵として領地をまとめる彼に、民は絶大なる信頼を寄せていた。
そして彼はまた、フィオリーナの夫でもあった。
そのカステリオが、ひとこと声をかけただけで、集まった人々はしんと静まり返る。
「これから我が妻、フィオリーナ・エルベイドの刑を執行する」
エステリオの声に反応して「うおぉおお!」という歓声が広場に響き渡った。
フィオリーナの罪は、横領と殺人。エルベイド公爵家の資産を私利私欲のために散財したうえに、公爵家が保有する鉱山において、安全を顧みず利益優先した採掘の結果、坑道が崩落し、多数の鉱員が巻き込まれ命を失った。
もはやエルベイド公爵領は破産寸前。それでも民のためにと私財をなげうち、亡くなった鉱員への補償を行おうとしているのがカステリオである。彼にとって、フィオリーナは妻であったが、今となっては邪魔な存在にすぎない。
「私自ら、この手で妻を処刑する。それが君たちへの贖罪だ」
カステリオの言葉に同調するかのように、歓声が起こる。
フィオリーナは、エメラルドグリーンの瞳をぎらぎらと光らせながら、カステリオを鋭く睨みつけた。
「なんだ、その目は」
ザシュッ!
空を斬る音が響き、フィオリーナの髪が宙に舞う。腰まであった髪は、彼によって切り落とされた。
「膝をつけ」
カステリオはフィオリーナの身体を無理やり床に押しつけ、膝を突かせた。
それでもフィオリーナは、首が落とされるその瞬間まで、自分の無実を訴え続けた。たとえそれに耳を傾ける者が、誰ひとりいなかったとしても――。
はっとしてフィオリーナは目を開けた。背中にぐっしょりと汗をかき、喉もからからに渇いている。
(夢……?)
そのわりには異様に現実的だった。あの場の熱気も憎悪も、そして血のにおいも、すべて感じたくらい。
「いたっ」
身体を起こそうとした瞬間、額に微かな痛みが走った。額を抑えてみたが、血が出ているわけではないようだ。
フィオリーナはサイドテーブルに用意してある水差しに手を伸ばそうとして、手首の擦れた跡に気がついた。それはまるで何かに縛られたような跡。
(夢……じゃない……?)
確かにあのとき、夫のカステリオの指示でこの首を落とされたはずだが、痛みよりも恐怖を感じた瞬間、ぶつりと意識が途切れた。
フィオリーナが慌てて首筋に触れてみると、そこはしっかりつながっているし、切られたような跡も残っておらず痛みもない。
(ここは、どこ?)
不安になって、あらためて室内を見回してみたが、ここは見慣れたフィオリーナの自室だった。いや、この部屋は二年前までフィオリーナがリビエラ侯爵家で使っていた部屋だ。つまり、フィオリーナの実家である。
(どうして、ここに?)
薄闇の中、心臓だけがドキンドキンと大きな音を立てている。
水差しからグラスに水を注ぎそれを一気に飲み干せば、ぬるい水が喉を通り過ぎる感覚に、生きているという実感が湧いてくる。
「ふぅ……」
グラスをテーブルに戻し、額の汗をぬぐう。
夜明けまで、まだ少し時間がありそうだ。
(私は、フィオリーナ・リビエラ。リビエラ侯爵の長女……そして、エルベイド公爵子息のカステリオと結婚した)
その記憶がフィオリーナの頭の中にまざまざと蘇ってくる。
気持ちを落ち着けるために軽く息を吐いてから、もう一度、寝台に潜り込んだ。だが、変に目が冴えてしまい、眠れそうにはない。
(私はカステリオのせいで処刑された。いえ、彼の愛人……ルナリアのせいだわ……)
フィオリーナの罪状は横領と殺人とされていたが、フィオリーナにとってはまったく心当たりがないものだった。
公爵家の資産は、フィオリーナが自由にできるものではなかった。公爵夫人として屋敷内の切り盛りはしていたが、それにかかる費用は少ない予算でなんとかやりくりしていたのだ。
それでも次から次へと公爵邸に届けられるドレスや宝石類。それを手にしていたのは――。
(ルナリア・セイラン。カステリオが愛人として大事にしていた女性。男爵家の出身だから、身分が合わず結婚はあきらめた)
だから彼女は愛人だった。
ルナリアのせいで公爵家の資産は、目に見えて減っていく。
カステリオにそれとなく伝えても「そうやってオレの気を引こうとするとは、哀れだな」と、隣にルナリアを侍らせながら薄ら笑っていた。
鉱山の崩落事故の件だって、あんな無茶な採掘計画を立てたのはカステリオ本人である。それなのに、いつの間にかフィオリーナのせいにされたのは、鉱山の所有権がもともとはリビエラ侯爵家にあったからだろう。
(そうだわ……鉱山の所有権。エルベイド公爵家はそれを狙って、リビエラ侯爵家に縁談を申しこんだのだわ……)
フィオリーナが結婚した後も、鉱山の所有権はリビエラ侯爵家にあったはずなのに、それがいつの間にかエルベイド公爵家に移っていた。
さらにエルベイド公爵夫妻がその鉱山への視察の途中で不幸な事故にあって命を失い、そしてカステリオが公爵位を継いだのだ。
(今、思い出してみても、不自然よね?)
鉱山の所有権、前公爵夫妻の不可解な死、そして鉱山での崩落事故。すべてがカステリオとの結婚を引き金に、始まったような気がする。
(でも今の私は、カステリオと結婚していない……?)
リビエラ侯爵家の自室で寝ているのがその証拠だろう。
(このまま、彼と結婚しなければいいのでは?)
そう結論づけたところで安心したのか、フィオリーナはもう一度うとうとし始める。
コツコツコツコツ――。
「おはようございます、お嬢様。カーテンをお開けしてよろしいでしょうか?」
元気な女性の声で、フィオリーナは慌てて身体を起こす。
「ええ、おはよう。ミリア」
しゃっとカーテンを開けて姿を現したのは、フィオリーナ付きの侍女、ミリアである。黒い髪を三つ編みにし、顔にはそばかすが浮かんでいるのが愛らしい。
すでに室内には日の光が差し込み、明るく照らしていた。
「お目覚めはいかがですか? 少し、顔色がよくないようですが……眠れませんでしたか?」
ミリアが心配そうに顔を曇らせながら、顔をのぞき込んできた。
「え? あっ、そ、そうね……いろいろ考えていたら……ところで、今日の予定は?」
「はい。明日の結婚式に備えて、ドレスの最終調整がございます」
「明日……結婚式……? エルベイド公爵家?」
「はい……やはり連日の準備でお疲れでしょうか? できるだけお休みできるよう、調整はいたしますが……」
大丈夫よ、と笑顔を作ったフィオリーナだが、内心はどうしたものかと焦っていた。
先ほど、カステリオと結婚しなければいいと自分の中で結論づけたばかりだ。それなのに、今日が結婚式前日となれば、彼との結婚は避けられないだろう。いや、夜逃げのごとくここから脱走して、知らぬ土地に足を向ける方法もあるだろうが、その後の生活を考えれば、現実的な方法とは言い難い。
(今からカステリオと結婚したくないと騒いでも……迷惑をかけるだけよね……)
ミリアが朝の洗顔の用意をしている横で、フィオリーナは小さく息を詰めた。
(ミリアには心配をかけられないわ。だって彼女は……)
結婚後もフィオリーナについてきてくれたのだ。敵の多いエルベイド公爵家では、フィオリーナにとっての唯一の味方であったと言っても過言ではないほど。
――リビエラ侯爵様に相談しましょう。
――奥様、どうして見て見ぬ振りをするのですか? あんな女、さっさと追い出せばいいではありませんか!
フィオリーナの代わりにミリアが感情を剥き出しにしてくれたおかげで、意外と冷静になれたのも事実だが、あまりにも事を荒らげたらカステリオがミリアをクビにしそうで怖かったのだ。
――ふん、そんな侍女の一人や二人。オレの力でどうとでもなることを忘れるなよ?
ミリアの幸せを考えたら、彼女だけでもリビエラ侯爵家に帰せばよかったのに、それができなかったのは、フィオリーナにとっての唯一の支えだったから。
それなのにカステリオは、ミリアまで――。
(ミリアは決して傷つけない。だけどカステリオとの結婚も免れないとなれば……)
「お嬢様、洗顔の用意が整いました」
「ありがとう」
笑顔で答えれば、ミリアもほっと安堵の笑みを浮かべる。
だがそこで、先ほどまで手首にあった縄の擦れたような跡がなくなっていることに気がついた。
やはり夢だったのだろうか。いや、夢だったとしてもあれはこれから起こる未来なのだ。同じ過ちは二度と繰り返さない。
(ミリアを守るためにも……)
顔を洗ったところで、フィオリーナの思考は研ぎ澄まされていく。ふわっとやわらかなタオルは花の香りがして、記憶を刺激した。
(そうよ、カステリオとの結婚が避けられないのであれば、離婚すればいいのよ。後腐れなく、彼との関係を断ち切るの!)
カステリオが欲しているのは、もちろんお金だ。だからリビエラ侯爵家の鉱山を狙い、その所有権を奪った。
となれば、カステリオに必要な資金さえあげればいい。だからって鉱山の所有権を渡すつもりはなく、代わりのものを用意すればいいのだ。
目指すは、カステリオとの円満離婚。そして離婚後は自由を謳歌してやる!
心の中で拳を握ったフィオリーナは、満面の笑みを浮かべた。


