【完結】旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
 妊娠五ヶ月。
 ドレスの上からでは、よほど注意深く見なければわからないほどの微かな膨らみ。
 だが、その下に宿る小さな命の鼓動を、レイモンドは誰よりも敏感に、そして恐れ多いものを扱うように感じ取っていた。

「……今日、軍の礼拝堂の書庫で、古い聖典を調べていた」

 レイモンドが、どこか落ち着かない様子で切り出した。ソフィアを膝枕させたまま、空いた方の手で彼女の柔らかな髪を梳く。

「聖典を? 兵法ではなくて?」
「ああ。……その。ウィンダム家の歴代の名ではなく、もっとこう……光を感じるような、名がいいと思ってな。いくつか候補を考えたんだが、聞いてもらえるか」

 ソフィアは驚いて、レイモンドを見上げた。
 まさか、仕事人間の、効率と規律を重んじる軍人(レイモンド)が、仕事の合間に聖典をめくり、我が子の名の響きを吟味していたとは。

 その光景を想像するだけで、ソフィアの胸の奥は、ファスナーを開いた時のように一気に熱くなった。

「ふふ、旦那様ったら。生まれるのはまだ五ヶ月も先よ。気が早すぎるわ」
「……早いことはない。君に似た娘なら、その名に相応しい宝石も用意せねばならんし、俺に似た息子なら、立派な剣も作らせねばならん」

 大真面目に語る夫の、その不器用な情熱が可笑しくて、愛しくて。ソフィアはお腹の上に添えられた彼の大きな手に、自らの手を重ねた。

「どんな名前でも、あなたが一生懸命考えてくれたものなら、その子はきっと幸せだわ。……でも、一つだけ約束して。名前を決める時は、二人で一緒に相談しましょう?」
「……ああ。無論だ」

 レイモンドの視線が、お腹からソフィアの瞳へと移る。

 かつては「自分に触れないこと」を条件に結んだ、冷たい紙の上だけの契約結婚。
 あの頃のソフィアは、心の奥底で、男性という存在に怯え、独りで生きていくための「武装」としてこの服の技術を追い求めていた……のかもしれない。

 だが、今。
 背中を閉じるファスナーは、彼女を孤独にするための道具ではない。

 最愛の夫にだけ解くことを許した、甘い「解放」の合図。
 そして、その下に宿る命を、二人で慈しむための愛の証。

「愛している、ソフィア。……君も、この子も。何があっても俺が守り抜く」

 夜道を進む馬車の中で、レイモンドは、ソフィアの額にそっと、唇を落とした。

Fin.
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