【完結】旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
*
職人たちを帰した後の静寂の中。
ソフィアは一人、鏡の前で自ら開発した最新の試作ドレスを身に纏っていた。
深い紫色のシルク・サテン。その背中には、彼女の執念の結晶である一条のファスナーが伸びている。
そこへ、重厚な扉が開く音がした。
カツン、カツンと、板張りの床に規則正しい軍靴の音が響く。漆黒の軍服に身を包んだ男――レイモンド・ウィンダムだ。
「……ソフィア。いつまで仕事をするつもりだ。王都の各店舗の売り上げをチェックするのは、明日の朝でも遅くないだろう」
不機嫌そうな声。だが、ドレス姿のソフィアを見た瞬間、レイモンドの言葉が止まった。
「あら、旦那様。お迎え、ありがとうございます。……このドレス、いかがかしら?」
ソフィアは背中を向け、鏡越しに夫を見つめた。
レイモンドは、彼女の背中にある細い金属の列を、まじまじと見つめる。
「……あの、軍港で君に見せた鉄の塊か。まさか、本当にドレスの一部にしてしまったのか」
「ええ。あなたが呆れていたあの軍需品よ。イシュに頼んで、指を傷つけないほど滑らかに改良させたの。……これがあれば、誰でも簡単に、ドレスを脱ぎ着できるわ。素敵でしょう?」
刹那、何を思ったか、レイモンドの瞳に、熱い独占欲と焦燥が宿った。
彼はソフィアの腰を引き寄せ、逃げ場を奪うように耳元で低く囁く。
「昼間、君のことを一度も考えなかった瞬間はないというのに、君はドレスと商会の帳簿に夢中か。……酷い妻だな。君は理解しているのか? その身体は、もう、君一人のものじゃない。本当は屋敷に閉じ込めておきたいくらいだと言うのに」
彼はソフィアの首筋に顔を埋めた。軍服から漂うシダーウッドの香り。
ソフィアは、その重みを、溶けるような安心感として受け止めている。
「……ごめんなさい。わかっているわ、レイモンド。でも、今日はどうしてもこの『解放の鍵』を、あなたに一番に見せたかったの」
「言い訳は屋敷に着いてから聞く。……君はもう、屋敷に着くまで一歩も歩くな。働きすぎだ。お腹の子に何かあったらどうする」
レイモンドはソフィアを軽々と抱き上げた。
「ちょっと! レイモンド、自分で歩けるわ! もし従業員が残っていたらどうするの!」
「全員帰った。問題ない」
「……っ」
ソフィアが抗議の声を飲み込むのと、レイモンドが彼女を高く抱き上げるのは同時だった。
漆黒の軍服に包まれた腕の筋力は、数年前よりさらに逞しく、頼もしくなっている。
その腕に守られるようにして店を出ると、夜の静寂が降りる通りには、ウィンダム侯爵家の紋章が入った馬車が待機していた。
レイモンドはソフィアを降ろすことなく、そのまま車内へと運び入れる。
ふかふかの座席に彼女を横たわらせるかと思いきや、彼はソフィアの頭を自らの逞しい腿の上に導いた。
「レイモンド、膝枕までしなくても……」
「大人しくしていろ。激務をこなしている君には、これくらいの休息が必要だ」
そう言って、レイモンドはソフィアの下腹部に、そっと、大きな掌を添える。
職人たちを帰した後の静寂の中。
ソフィアは一人、鏡の前で自ら開発した最新の試作ドレスを身に纏っていた。
深い紫色のシルク・サテン。その背中には、彼女の執念の結晶である一条のファスナーが伸びている。
そこへ、重厚な扉が開く音がした。
カツン、カツンと、板張りの床に規則正しい軍靴の音が響く。漆黒の軍服に身を包んだ男――レイモンド・ウィンダムだ。
「……ソフィア。いつまで仕事をするつもりだ。王都の各店舗の売り上げをチェックするのは、明日の朝でも遅くないだろう」
不機嫌そうな声。だが、ドレス姿のソフィアを見た瞬間、レイモンドの言葉が止まった。
「あら、旦那様。お迎え、ありがとうございます。……このドレス、いかがかしら?」
ソフィアは背中を向け、鏡越しに夫を見つめた。
レイモンドは、彼女の背中にある細い金属の列を、まじまじと見つめる。
「……あの、軍港で君に見せた鉄の塊か。まさか、本当にドレスの一部にしてしまったのか」
「ええ。あなたが呆れていたあの軍需品よ。イシュに頼んで、指を傷つけないほど滑らかに改良させたの。……これがあれば、誰でも簡単に、ドレスを脱ぎ着できるわ。素敵でしょう?」
刹那、何を思ったか、レイモンドの瞳に、熱い独占欲と焦燥が宿った。
彼はソフィアの腰を引き寄せ、逃げ場を奪うように耳元で低く囁く。
「昼間、君のことを一度も考えなかった瞬間はないというのに、君はドレスと商会の帳簿に夢中か。……酷い妻だな。君は理解しているのか? その身体は、もう、君一人のものじゃない。本当は屋敷に閉じ込めておきたいくらいだと言うのに」
彼はソフィアの首筋に顔を埋めた。軍服から漂うシダーウッドの香り。
ソフィアは、その重みを、溶けるような安心感として受け止めている。
「……ごめんなさい。わかっているわ、レイモンド。でも、今日はどうしてもこの『解放の鍵』を、あなたに一番に見せたかったの」
「言い訳は屋敷に着いてから聞く。……君はもう、屋敷に着くまで一歩も歩くな。働きすぎだ。お腹の子に何かあったらどうする」
レイモンドはソフィアを軽々と抱き上げた。
「ちょっと! レイモンド、自分で歩けるわ! もし従業員が残っていたらどうするの!」
「全員帰った。問題ない」
「……っ」
ソフィアが抗議の声を飲み込むのと、レイモンドが彼女を高く抱き上げるのは同時だった。
漆黒の軍服に包まれた腕の筋力は、数年前よりさらに逞しく、頼もしくなっている。
その腕に守られるようにして店を出ると、夜の静寂が降りる通りには、ウィンダム侯爵家の紋章が入った馬車が待機していた。
レイモンドはソフィアを降ろすことなく、そのまま車内へと運び入れる。
ふかふかの座席に彼女を横たわらせるかと思いきや、彼はソフィアの頭を自らの逞しい腿の上に導いた。
「レイモンド、膝枕までしなくても……」
「大人しくしていろ。激務をこなしている君には、これくらいの休息が必要だ」
そう言って、レイモンドはソフィアの下腹部に、そっと、大きな掌を添える。