推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

この優しさ、現実ですか?(11)

 彼の顔を見て、不思議と心が落ち着いた私は、ひとつ深呼吸して画面をタップした。
 そして目に飛び込んできたのは、「落選」の二文字。予想していたはずなのに、思わず唇を噛む。しばらく画面を凝視していた。
 不意にスマホが大きな手で覆われた。私の反応を見て、成瀬さんはすべてを察したのだろう。
「やけ酒、行きますか?」
 優しい声に、思わずうなずきかけたその時、スマホの着信音が響いた。私のではない。成瀬さんの眉が困ったように八の字に下がる。
「どうぞ、出てください」
 私が促すと、彼は申し訳なさそうに会釈して電話に出た。「もう終わった」とか「今からはちょっと」と短く答えている。友人だろうか。軽口を交えつつ、「マジかぁ」と困ったように呟く。なかなか引かない相手に、視線をさまよわせたあと、「折り返す」と言って通話を切った。
 そして、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません。知人から呼び出しでした」
「私のことはお気になさらず」
 私は小さく笑ってみせた。それでも成瀬さんは考え込んでいる。きっと、自分から誘ったことを気にしているのだろう。
「本当に気にしないでください。むしろ、ごめんなさい。出会ったばかりなのに、気を使わせてしまって」
 成瀬さんはバツが悪そうに髪をくしゃりとかき上げた。困った顔でも、誠実さは変わらない。
「俺から誘ったのに」
 私は首を横に振った。
 私が優しさに甘えそうになっただけ。普通なら、出会ったばかりの相手にやけ酒なんて付き合わない。友人を優先するのは当然だし、彼が気にすることなんて何もない。そんな顔をしてほしくない。
 私の気持ちが伝わったのか、成瀬さんは小さく息を吐き、微笑んだ。その笑顔に、私も微笑み返す。
「じゃあ、お言葉に甘えて。この埋め合わせは、次回会った時に必ず」
 私は「もちろん」とうなずいた。成瀬さんは何度も頭を下げながら、雑踏の中へ消えていった。
 しばらく彼の消えた方向を見つめていた。彼には癒しのオーラでもあるのだろうか。いつもなら数日は確実に引きずることになる「落選」の二文字が、今は不思議とくすぶっていない。
「帰ろ」
 鞄の取っ手に巻かれたハンカチを握りしめ、私は駅へと歩き出した。
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