氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
エレベーターの扉が開く。
救急外来の前には、白峰メディカルケアの受付で聞いた名前の札が表示されていた。
藤堂誠司。
処置室の前で、私たちは看護師に止められた。
「警察の方ですね。医師が説明します。患者さんは現在、意識が戻っています」
「一命は取り留めたんですね」
「はい。ただ、かなり混乱されています」
混乱。
その言葉に、先生の眉がわずかに動いた。
「薬物反応の簡易検査は」
「担当医に確認してください」
看護師が奥へ戻ろうとしたとき、処置室の中から物音がした。
金属が床に落ちる音。
誰かの短い悲鳴。
「待って、藤堂さん!」
看護師が振り返った。
私も、反射的に扉へ向かった。
中は騒然としていた。
ベッドの上で、藤堂誠司らしき男性が上体を起こしていた。
顔は青白い。
目は焦点が合っていない。
腕に刺さっていた点滴のルートが外れかけ、白いシーツの上に赤い点が散っていた。
多くはない。
ほんの少量。
点滴を抜こうとした拍子に、腕の皮膚を傷つけたのだろう。
刑事としてなら、気にするほどの量じゃない。
でも。
横にいた沢渡先生の呼吸が、止まった。
本当に、止まったように見えた。
次の瞬間、彼の肩がわずかに上下した。
浅く、速い。
顔色が一気に引いていく。
「先生」
私の声にも、先生は反応しなかった。
視線が、藤堂さんの腕に向かって固定されている。
赤い点。
生きている人の腕から滲む血。
それだけが、先生の世界を支配しているみたいだった。
初めて会った日と同じように、先生の顔が青ざめた。
でも、あのときは密室だった。
監察医務院の静かな部屋だった。
私と先生しかいなかった。
今は違う。
医師がいる。
看護師がいる。
患者がいる。
藤堂さんの奥さんらしき女性が泣きながら名前を呼んでいる。
誰かが沢渡先生の異変に気づけば、噂になる。
氷の法医学者が、生きている血に怯えていると。
私は迷った。
ほんの一瞬。
この人をここへ連れてきたのは、私だ。
白峰メディカルケアへ行くように頼んだのも、私だ。
最初に秘密を盾にしたのも、私だ。
事件のため。
正義のため。
そう言えば聞こえはいい。
でも今、目の前で息を乱しているのは、秘密を握られた相手ではなかった。
ひとりの人だった。
救急外来の前には、白峰メディカルケアの受付で聞いた名前の札が表示されていた。
藤堂誠司。
処置室の前で、私たちは看護師に止められた。
「警察の方ですね。医師が説明します。患者さんは現在、意識が戻っています」
「一命は取り留めたんですね」
「はい。ただ、かなり混乱されています」
混乱。
その言葉に、先生の眉がわずかに動いた。
「薬物反応の簡易検査は」
「担当医に確認してください」
看護師が奥へ戻ろうとしたとき、処置室の中から物音がした。
金属が床に落ちる音。
誰かの短い悲鳴。
「待って、藤堂さん!」
看護師が振り返った。
私も、反射的に扉へ向かった。
中は騒然としていた。
ベッドの上で、藤堂誠司らしき男性が上体を起こしていた。
顔は青白い。
目は焦点が合っていない。
腕に刺さっていた点滴のルートが外れかけ、白いシーツの上に赤い点が散っていた。
多くはない。
ほんの少量。
点滴を抜こうとした拍子に、腕の皮膚を傷つけたのだろう。
刑事としてなら、気にするほどの量じゃない。
でも。
横にいた沢渡先生の呼吸が、止まった。
本当に、止まったように見えた。
次の瞬間、彼の肩がわずかに上下した。
浅く、速い。
顔色が一気に引いていく。
「先生」
私の声にも、先生は反応しなかった。
視線が、藤堂さんの腕に向かって固定されている。
赤い点。
生きている人の腕から滲む血。
それだけが、先生の世界を支配しているみたいだった。
初めて会った日と同じように、先生の顔が青ざめた。
でも、あのときは密室だった。
監察医務院の静かな部屋だった。
私と先生しかいなかった。
今は違う。
医師がいる。
看護師がいる。
患者がいる。
藤堂さんの奥さんらしき女性が泣きながら名前を呼んでいる。
誰かが沢渡先生の異変に気づけば、噂になる。
氷の法医学者が、生きている血に怯えていると。
私は迷った。
ほんの一瞬。
この人をここへ連れてきたのは、私だ。
白峰メディカルケアへ行くように頼んだのも、私だ。
最初に秘密を盾にしたのも、私だ。
事件のため。
正義のため。
そう言えば聞こえはいい。
でも今、目の前で息を乱しているのは、秘密を握られた相手ではなかった。
ひとりの人だった。