氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
「今井」

声をかけられて、私ははっとした。
捜査資料の貼られたボードの前で、真鍋先輩がこちらを見ている。

「沢渡先生、どうだった?」

軽い調子だった。
いつもの、少し人をからかうような声。

私は一瞬だけ、言葉に詰まった。

冷たかった。
有能だった。
死者に対して、恐ろしいほど誠実だった。

そして、生きている人間の血に怯えた。

でも、それは言えない。

「……噂通りでした」

「どっちの?」

「冷たい方と、有能な方です」

「両方か。最悪で最高だな」

真鍋先輩はコーヒーの缶を持ち上げ、軽く笑った。
その顔に悪意はない。
けれど、私は自然に自分の指先を握り込んでいた。

紙で切った傷は、もうほとんど痛まない。
ただ、思い出す。

止血して。
今すぐ。

あの声。
命令の形をしていたのに、どこか縋るようだった声。

「で、捜査協力をお願いするって話、どうなった?」

「……協力してくれます」

「おお。あの沢渡先生が?」

真鍋先輩の眉が上がる。

「どうやって口説いたんだよ」

口説いた。
その言葉が、胸に刺さった。

口説いたんじゃない。
私は、弱みを握って迫った。

氷の法医学者の弱点は――。

最後まで言わなくても、沢渡先生は理解した。
理解して、協力すると言った。

私は唇を噛みそうになって、やめた。

「事件の重大性を説明しました」

「ふうん」

真鍋先輩は疑わしそうに目を細めたけれど、それ以上は突っ込まなかった。
< 3 / 103 >

この作品をシェア

pagetop