氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
電話を切ると、先生がこちらを見ていた。

「夏目莉子さんの妹さんからです」

私はメモを見せた。

雨に濡れないよう、先生の傘の下で。

そこには、急いで書いた文字が並んでいる。

白峰メディカルケアを怖がっていた。
薬のこと。
警察に言うか迷っている。

先生はその文字を黙って読んだ。

表情は変わらない。

けれど、空気が張り詰める。

「先生」

私が呼ぶと、先生は低く言った。

「白峰側は、夏目が警察に接触する可能性を知っていたかもしれない」

「だから、口封じを?」

「断定はまだ早い」

「でも」

「可能性は上がった」

その言い方が、先生らしい。

断定しない。
熱に流されない。
でも、見えたものから逃げない。

私はメモを握りしめた。

「夏目さんの妹さんのところへ行きます」

「真鍋刑事に連絡しろ。単独で動くな」

「わかっています」

「本当に?」

「本当に」

先生は私を見た。

傘の下。
雨の音。
近い距離。

その目が、いつもより冷たくないように見えた。

「次は、君が狙われるかもしれない」

一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。

「私が?」

「白峰メディカルケアに踏み込んでいる。電子管理表の不自然さにも気づいた。夏目のメモも、君が受け取る」

「でも、私は刑事ですし」

私はわざと軽く笑おうとした。

「そう簡単に狙われるほど、隙だらけじゃありません」

先生は笑わなかった。

傘を持つ手に、わずかに力が入る。

「君は自分の隙を、隙だと認識していない」

「先生、心配しすぎです」

「合理的な警告だ」

また、その言葉。

合理的。

けれど、先生の声は少しも軽くなかった。

雨が傘を叩く。
冷たい雫が、端から落ちていく。

先生の手は、傘の柄を強く握ったまま動かない。

さっき私の腕を支えた、温かい手。
その手が今、私を雨から守るように傘を傾けている。

私は冗談を続けようとして、できなかった。

先生があまりにも真剣だったから。

「……わかりました。真鍋先輩と動きます」

「俺にも連絡しろ」

「先生にも?」

「情報共有だ」

「合理的に?」

「そうだ」

先生は即答した。

でも、目は逸らさなかった。
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