氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
「沢渡先生」

扉のところから声がした。

顔を上げると、事務職員の三浦がファイルを抱えて立っていた。二十代後半の女性で、監察医務院の中では比較的物怖じしない方だ。

「何か」

「検査部から追加の回覧です。あと、先生」

「何だ」

「スマホ、壊れてます?」

「壊れていない」

「ですよね。さっきから何回も確認してるので、通知が来ない故障かなと」

「捜査情報を待っている」

「私用じゃないんですね」

「私用ではない」

返答が早かった。

自分でもわかるほど、早かった。

三浦はファイルを机に置きながら、にこりとした。

「相手、今井刑事さんですか」

「なぜ名前が出る」

「顔に出ています」

「出ていない」

「今の否定も早いです」

「必要な訂正を遅らせる理由がない」

「そういうところが、顔に出てるって言われるんだと思います」

俺は彼女を見た。

三浦は悪びれず、肩をすくめた。

「珍しいですね。沢渡先生が誰かの連絡待ちで落ち着かないなんて」

「落ち着いている」

「ボールペン、逆です」

俺は手元を見た。

確かに、ペン先を上にしていた。

沈黙が落ちた。

三浦が口元を押さえる。

「すみません。笑ってません」

「笑っている」

「ちょっとだけです」

「業務に戻れ」

「はいはい。今井刑事さんから連絡来るといいですね」

「捜査情報が届くといい、だ」

「そういうことにしておきます」

三浦は軽く頭を下げて出ていった。

扉が閉まる。

俺はペンを持ち直した。

馬鹿馬鹿しい。

職員の雑談に反応する必要はない。連絡を待っているのは事実だが、それは捜査のためであり、相手個人とは関係がない。

今井刑事が夏目由香の家を出たのか。
真鍋刑事は本当に同行しているのか。
白峰メディカルケア側に動きはないのか。
橘から接触はないのか。

それを確認することが、なぜ私用になる。

俺は画面に目を戻した。
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