氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
私は顔を上げて、沢渡先生を見る。

「先生」

「なんだ」

「一緒に来てください」

先生の目が、少しだけ見開かれた。

驚いたのだとわかった。
以前の私なら、一人で走り出していたから。

先生は一拍置いて、いつもの顔に戻った。

「ようやく学習したな」

「先生がうるさいので」

「妥当な指摘をうるさいで片づけるな」

「はいはい」

「返事は一回でいい」

そのやり取りに、ほんの少しだけ息が戻る。

重くなりすぎていた胸が、少しだけ軽くなった。

私は橘さんへ返信を打つ。

『一人で動かないでください。今から向かいます。場所を送ってください。神崎さんには知られないよう、こちらから接触しません』

すぐに、白峰メディカルケアの旧倉庫の場所が送られてきた。

橘さんはそこにいると言う。

沢渡先生は画面を確認し、すぐ真鍋先輩へ電話をかけた。

「沢渡だ。橘美里から連絡が入った。場所を送る。今井と向かう。警察側の配置を頼む」

電話の向こうで、真鍋先輩が何か言ったらしい。

先生は表情を変えずに答える。

「相棒ではない」

やっぱり否定するんだ、と思った。

けれど、次の瞬間。

「……だが、今井を一人では行かせない」

胸が、言葉にならないほど強く鳴った。

先生は通話を切ると、私へ向き直った。

「行くぞ」

「はい」

監察医務院の玄関へ向かう。

夜の廊下は白く、長く、静かだった。
先生の足音と私の足音が、並んで響く。

相棒だから。
そう思った。

これは事件のため。
橘さんを守るため。
証拠を押さえるため。

そう、何度も自分に言い聞かせる。

玄関の自動扉が開くと、雨上がりの冷たい空気が流れ込んできた。
街灯が濡れた路面を光らせている。

その光の中で、沢渡先生が一度だけ立ち止まった。

そして、私を見た。

「今井、俺から離れるな」

低く、静かな声だった。

命令みたいで。
警告みたいで。
でも、どこか祈りみたいにも聞こえた。

私は頷いた。

「はい」

相棒だから。

そう胸の中で言い聞かせた。

でも、その言葉はもう、相棒というだけでは収まりきらない響きを持っていた。
< 74 / 103 >

この作品をシェア

pagetop