氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
屋上の端で、先生は立ち止まった。
「腕は」
「大丈夫です」
「大丈夫は診断名ではない」
思わず、笑ってしまいそうになった。
「少し痛むだけです」
先生は私の腕を見た。
その目が、わずかに曇る。
血は出ていない。
それなのに、先生はそこにあの夜を見ているのだと思った。
「痛むか」
「少しだけ」
「無理をするな」
「先生も、それ言うの何回目ですか」
「必要な回数だ」
先生らしい過保護さが、胸に染みていく。
私は包帯が巻かれた箇所をそっと押さえ、先生を見た。
「先生」
「なんだ」
「最初は、先生の秘密を利用しました」
先生の表情は変わらない。
でも、指先が僅かに動いた。
私は続けた。
「本当に、ごめんなさい」
これは、前にも謝った。
でも、今日の謝罪は少し違う。
事件のために必要だったと言い訳する謝罪ではない。
先生の隣にいたいと思うからこそ、もう一度ちゃんと差し出したかった謝罪だった。
「でも今は、その秘密を誰にも渡したくないんです」
風が、屋上の端を通り抜ける。
私は先生から目を逸らさなかった。
「守りたいと思う理由が、事件のためだけじゃなくなりました」
沢渡先生は、すぐには答えなかった。
長く黙ったあと、低く言った。
「君が血を流しているのを見た」
胸が小さく震える。
「怖かった」
その言葉は、雨上がりの空気の中で、ひどく静かだった。
「だが、自分が壊れることより、君がいなくなることの方が怖かった」
私は息を止めた。
先生の声は震えていない。
けれど、言葉の奥にある震えを、私はもう知っている。
「血への恐怖は消えていない」
「はい」
「今も、君を見るだけで思い出す」
「はい」
「だが、あの時は逃げられなかった」
先生の視線が、私に向く。
「君だったからだ」
胸が、熱くなる。
私はずっと聞きたかったことを口にした。
「それは、相棒だからですか」
沢渡先生は答えなかった。
風が、二人の間を通る。
屋上の手すりに残った水滴が、光を受けて小さく揺れていた。
先生は、まるで言葉を選ぶというより、自分の中にある答えを初めて見るような顔をした。
そして、少し間を置いて言った。
「相棒では、足りない」
たった一言。
それだけで、胸の奥の寂しさが音を立てて崩れた。
「腕は」
「大丈夫です」
「大丈夫は診断名ではない」
思わず、笑ってしまいそうになった。
「少し痛むだけです」
先生は私の腕を見た。
その目が、わずかに曇る。
血は出ていない。
それなのに、先生はそこにあの夜を見ているのだと思った。
「痛むか」
「少しだけ」
「無理をするな」
「先生も、それ言うの何回目ですか」
「必要な回数だ」
先生らしい過保護さが、胸に染みていく。
私は包帯が巻かれた箇所をそっと押さえ、先生を見た。
「先生」
「なんだ」
「最初は、先生の秘密を利用しました」
先生の表情は変わらない。
でも、指先が僅かに動いた。
私は続けた。
「本当に、ごめんなさい」
これは、前にも謝った。
でも、今日の謝罪は少し違う。
事件のために必要だったと言い訳する謝罪ではない。
先生の隣にいたいと思うからこそ、もう一度ちゃんと差し出したかった謝罪だった。
「でも今は、その秘密を誰にも渡したくないんです」
風が、屋上の端を通り抜ける。
私は先生から目を逸らさなかった。
「守りたいと思う理由が、事件のためだけじゃなくなりました」
沢渡先生は、すぐには答えなかった。
長く黙ったあと、低く言った。
「君が血を流しているのを見た」
胸が小さく震える。
「怖かった」
その言葉は、雨上がりの空気の中で、ひどく静かだった。
「だが、自分が壊れることより、君がいなくなることの方が怖かった」
私は息を止めた。
先生の声は震えていない。
けれど、言葉の奥にある震えを、私はもう知っている。
「血への恐怖は消えていない」
「はい」
「今も、君を見るだけで思い出す」
「はい」
「だが、あの時は逃げられなかった」
先生の視線が、私に向く。
「君だったからだ」
胸が、熱くなる。
私はずっと聞きたかったことを口にした。
「それは、相棒だからですか」
沢渡先生は答えなかった。
風が、二人の間を通る。
屋上の手すりに残った水滴が、光を受けて小さく揺れていた。
先生は、まるで言葉を選ぶというより、自分の中にある答えを初めて見るような顔をした。
そして、少し間を置いて言った。
「相棒では、足りない」
たった一言。
それだけで、胸の奥の寂しさが音を立てて崩れた。