静かなる、恋の包囲網

再びマンションへ

「ごめんなさい。迷惑をかけてしまいました」

普段、人前で泣くことのない塔子だが、今は溢れてくる涙を止めることができなかった。

「気にしなくていい」

そう言って肩を抱く雄平の腕から伝わるぬくもりが、塔子には心地よかった。
恐怖心から救ってくれる唯一の希望に感じられた。

「怖い思いをしたことがあるんだよな」

しばらくして、ぽつりと雄平がこぼした言葉に、塔子は小さくうなずいた。
幼い頃に父と離別した塔子は、母と弟の3人暮らしだった。
貧しいわけではなかったが、生活に余裕はなく、塔子は母の負担を減らしたいと高校時代からずっと働いていた。
高校に通いながら、受験勉強もしながらのアルバイトのため、少しでも時給の良いところを探していくうちにたどり着いたのが深夜のコンビニバイトだった。
田舎のため治安が悪いわけではなかったが、1度だけ帰り道で酔っ払いに絡まれたことがある。
繁華街を少し離れた住宅街の暗い道で、深夜の帰宅を急ぐ塔子に声をかけてきた酔っ払い。
当然塔子は相手にせず、その場を立ち去ろうとしたのだが、執拗に絡まれてしまった。
もちろんお酒のせいもあったのだろうと思う。
もみ合いになり、道路に倒れ込み、最終的に警察が駆けつけた。
大事には至らなかったのだが、その時受けた心の傷は、いまだに深く残っている。

「高校時代に、酔っ払いに襲われたんです」
「そうか」

このことは母しか知らない話。
もちろん誰にも話したことがなかったけれど、なぜか雄平には素直になれた。
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