仄暗いほど重たい愛 ~偽装妻ですが、冷血御曹司は手放す気がないようです~
講師の厳しい言葉に、他の新人が萎縮して視線を伏せる中、彼女だけが違った。
一言も漏らさぬと言わんばかりに食らいつき、ペンを走らせる。
そのひたむきさは、義務感で座っている俺には眩しすぎたほどで……。
極めつけは、研修の最後に行われた実践形式のロールプレイングだった。
意地悪な客役を演じる講師に対し、彼女は一瞬の迷いもなく、やわらかく、それでいて凛とした微笑みを向けた。
これまで散々向けられてきた媚びるような笑みや、計算高い眼差しとは対極にある笑顔だった。
その瞬間、冷え切っていた胸の奥で何かが爆ぜた。
自分の心臓はこんなにも激しい音を立てるのだと初めて知った。
夜見家の世継ぎとしてではなく、ただ一人の人間として、彼女の瞳に映りたい。
あの笑顔を向けられたい。
死んだように生きてきた日々は、その瞬間に終わりを告げた。
社長を継ぐことに頷いたのは、親の期待に応えるためじゃない。
彼女に見合う男になりたかったからだ。
彼女が誇りを持って働ける環境をこの手で作りたかったからだ。
それから二年。
俺は文字通り死に物狂いでいくつものキャリアを積み、成果を上げ、会社のトップに上り詰めた。
だが、さらに二年後。
いざ彼女に手を伸ばそうとした矢先、黒峰から聞かされたのは『彼女には五十嵐という恋人がいるらしい』という最悪の報告だった。
黒峰が彼女の勤務先であるマンションの視察に出向いた際、同僚である笹井という女性にそれとなく尋ねた結果、そのように返された、と、
積み上げてきた実績も、手に入れた権力も、すべてが砂のように指の間から零れ落ちていく感覚に、俺は初めて絶望という言葉の意味を知った気がした。