あなたが白制服に着替えたら、それが恋のはじまり
そして愛になる
「真希、それは私が持つって」
真希が運動会で使う大玉を転がして片付けていた。すかさず夏帆が駆け寄り声をかけた。
「真希、妊婦なんだよ? 無理はしなくていいからね」
そういって夏帆は真希のポッコリ突き出るお腹を撫でた。
「大丈夫だよ。もう安定期なんだからさ。つわりもなかったし、妊婦って自覚がないよのね~」
真希があっけらかんと答えた。
「ダメダメ。無理したら後輩妊婦たちも無理しないといけなくなるのよ。妊婦は力作業以外で頑張ってくださいね」
「はは。でも夏帆だってすぐに出来るわよ。今、私のお腹触ったから、もうあやかってます」
「それはないって。だって今、柊慈さんいないんだよ。妊娠するわけないじゃないの」
夏帆は笑って答えた。柊慈は現在、中東にある米軍キャンプ基地の日本人連絡官として勤務しているため半年間会えずにいた。そして、いよいよ明日、帰国だ。
「で、帰ってきたらどこに行くの?」
「下風呂温泉に一泊するの」
「えー。いいじゃん。静かな温泉街で太平洋の大海原を見ながら過ごす。あーロマンティック~」
夏帆と柊慈が結ばれてから三か月後には入籍し結婚をした。しかしその冬、柊慈に海外派遣の辞令が下りた。そして半年間の勤務を終え明日、帰国予定だ。
「ねえそういえばこの前、青森のショッピングセンターに行ったときに誠くんママに会ったの」
真希が順位旗を片付けながら話し始めた。
「かっこいい男の人も一緒だったから『あれ、誰ですか』って聞いたら、彼氏だって。昔からの知り合いで気が付けば誠くんもなついているし、この人だなって思ったんだって。すっごいお似合いだった」
「そうか……。よかった」
夏帆も感慨深く微笑んだ。亮介の時に色々あったが、あれから誠くんママとも先生と保護者としていい関係は続いていた。今だって夏帆は明るくて行動力のあるカスミを尊敬している。だから素敵なパートナーができたことは心から嬉しいのだ。
「ついでに亮介のその後、知りたくない?」
真希が少しいやらしい目つきになった。亮介にはいい思い出のない夏帆は顔をしかめた。
「別にいいかな」
「まあまあ、聞いてよ。誠くんママによると亮介は辺境のチェーン店に飛ばされたって。しかもフルタイムのパートタイマー。そこの地域で頼りにされる人間になりなさいって、父親から熱い試練を与えられたらしいよ」
経営者の息子として看板だけを借りて遊び惚けていた亮介。辺境の地で地道に労働をこなし地域住民からの信頼を得ることが試練。きっとこれ以上の薬はないだろう。
「あいつ、これで人としての情を取り戻せるといいね」
夏帆も真希の言葉に同意して頷くのだった。
「なんだかんだで、みんな上手くまとまったね!」
「一時期はどうなることかと思ったけどね」
そして二人で顔を見合わして笑うのだった。
※
そしていよいよ柊慈の帰国の日となった。夏帆はこれでもかと手料理を作って待っていた。
19:00
家のチャイムが鳴った。夏帆は真っ先に飛んで行った。扉を開けるとそこには凛々しい白制服姿の柊慈が立っていた。
「夏帆。ただいま」
「柊慈さんっ!」
夏帆の待ちきれない想いが先走って、玄関先から柊慈に飛びついてしまう。柊慈はそれを見事に抱きかかえた。そして強く強く抱きしめた。
「一人きりの家で寂しくはなかった?」
結婚後、二人は自宅を出て新居に引越しをしていた。夏帆は柊慈が帰ってくるまで一人で生活をしていたのだった。夏帆は柊慈の胸から顔をあげた。
「全然、平気だったよ。何も怖くなんてなかった」
「本当に?」
「だって、私が家を守るって柊慈さんに約束したじゃない。ここは、あなたが安心して帰る場所なんだから。私には大切な場所なのよ」
夏帆の過去のトラウマはすでに昇華されていた。大切な人が帰る場所は自分が守る、そう決めた夏帆の心は強くなったいた。
「夏帆。逞しくなったな」
柊慈が目を細めて夏帆の頭を撫でてくれた。夏帆をそれが嬉しくって頬を緩ませた。
「手料理もたくさん作ったの。柊慈さん、疲れて帰ってくるだろうって思って。食べてくれる?」
「もちろん、食べたいよ」
柊慈はそういうと夏帆の首筋にキスを始めた。
「ちょっと、柊慈さんっ」
いきなりのキスに夏帆は頬を染めながら首元に手を当てた。
「食べさせてくれるんでしょう?」
柊慈はとぼけたふりをしてキスを続けてくる。
「こ……ここでするの?」
夏帆の身体だって嘘をつけない。受け入れたくなっている。
「おれはここでもいいよ。夏帆となら」
しかしあの品行方正な柊慈の積極的な攻めに、慣れない夏帆は大いにど惑ってしまう。
「ねえ、柊慈さんってこういうの興味ないと思っていた」
そう言われた柊慈の手が止まった。
「どうして?」
「だって同居していた時、こういうことに興味を示さなかったでしょう?」
柊慈はむすっとした顔になる。
「……ずっと我慢してたんだよ」
夏帆はそんな事実は知らず驚いた。
「そ、そうなの⁉」
「お父さんもいたし出会ってすぐに手なんてだしたら夏帆に嫌われると思っていたから」
「そうだったんだ」
「おれも普通の男だよ?」
「う、うん。自衛官パイロットって自制心と理性と品性の塊なんだと思ってたから」
「それも事実だけど?」
柊慈がおどけて見せる。
「ははっエッチな一面もあるんだね……」
夏帆は頬を染めながらも嬉しそうに呟いた。そんな可愛らしい夏帆を柊慈は今すぐにでも抱きたくてたまらなくなった。柊慈は夏帆の膝に手を入れ、簡単にお姫さま抱っこをした。
「ひゃあ、柊慈さん⁈」
顔を真っ赤にして夏帆が驚く。
「夏帆も知らない俺の本気、見せてあげる」
夏帆はリビングのソファに降ろされた。こんなシチュエーションは初めてで恥ずかしいけど、大切なことを理解した夏帆には受け入れる選択肢しかないのだ。
「二人で抱き合えるのも、柊慈さんがちゃんと帰ってきてくれたからなのよね。感謝しないとね……」
夏帆は泣きそうになるの我慢して柊慈の胸に顔を寄せた。
「そうだな。俺と夏帆の大事な時間だ。心が満たされるまで夏帆を抱きたい」
「柊慈さん……愛している」
「俺も愛している……」
そしてお互いの存在を確かめ合うように、二人だけの世界へと落ちてゆくのだった。
※
そして二人いつもの日常へと戻る。朝、出勤のとき。夏帆は柊慈の見送りをする。白制服に着替えた柊慈が官帽をかぶり夏帆に振り返った。
「今日の待ち合わせは十九時だよね?」
「そうだよ」
夏帆がにっこりと笑う。
「やっと約束が果たせるな」
あの日、柊慈の突然の出航で果たせなかったディナーの約束。今日はそのリベンジの日だった。
「楽しみだな」
「うん。ずっと一緒に行きたかったから……」
夏帆が嬉しそうに俯いた。その仕草が可愛くて柊慈は夏帆の頬に手を伸ばした。
「じゃあ、いってくる」
「いってらっしゃい。柊慈さん」
夏帆は柊慈を見上げ、つま先立ちで背を伸ばした。そして二人は唇を重ね合わせる。
お互いの体温を感じることができる喜びに浸りながら――
あなたが制服に着替えたら、それは愛の始まり。
―― end ――
