【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
「どうもこうも、私と旦那さまの婚姻は王命で結ばれたもので、私はただの風除けよ」

 それこそ周知の事実でしょう、とステイシーは肩を竦める。

「始まりはそうだったかもしれないけれど。でも人間関係なんてどう転ぶか分からないじゃない」

『仕事とステイシーどちらかを選べと言われたら……選べない』

 ティアリスは出て行ったステイシーの手がかりを求めて訪ねてきたクラヴィルのことを思い出す。
 クラヴィルは関心のないことに時間を割くタイプではない。
 少なくとも苦手とする女性のために自ら動くなんて、今までのクラヴィルなら考えられない変化なのに。

「私が好きなのは"恋物語"であって、自分(・・)の恋愛には興味ないわ」

 変える気がないのだとステイシーは言外にそう告げ、静かに微笑む。

「私はエルネア家に恩がある。エルネア家を援助してくれるのであれば、結婚する相手は別に旦那さまでなくても良かったの」

 一介の令嬢がそれ以外にすぐさま莫大な資金を用意する方法なんてないときっとこの国の子女ならば誰もが理解していることで。

「例えば年の離れた方の後妻か箔をつけたい商人との婚姻であっても、私は結婚を選択したわ」

 実際父に呼び戻され婚姻を懇願された時確かにステイシーが思ったことだった。
 仮に前世の記憶とやらが戻らなかったとしても訳ありであるクラヴィルと結婚しただろう。物語の当て馬妻、ステイシー・エルネアと同様に。

「それに、旦那さまに懸想なんてすればそれこそ契約違反。私有責の離婚じゃ、離縁時にお約束頂いている慰謝料をもらえなくなっちゃう。それじゃ困るのよ」

 他に選択肢なんてありはしない。
 この物語の結末は初めから決まっているのだから。

「私はただ"推しの物語"を堪能したいだけなの」

 それが当て馬妻として生きることを決めたステイシーの方針で。
 今のところ撤回も修正もする気はない。

「ステイシーはそれでいいの?」

 茶化す色のない空色の瞳に静かに問われたステイシーは、

「例えば神様とやらが書いたストーリーがあるとして、旦那さまって主人公属性じゃない? 前世で何やらかしたのってくらい波瀾万丈って言葉がピッタリだし。話題性抜群の派手さもあるし。でも、私はそういうの"物語"だけで充分なの」

 そういって小さく首を振る。

「私は、平穏に生きていければそれでいい。何者にも怯えることも脅かされることもなく、ただ平凡な人生を自分の力で」

 それは、エルネア伯爵家に引き取られた時から変わる事のないステイシーの生き方で、それがステイシーの一番望む事だった。

「……ステイシー」

 ステイシーの境遇を知っているだけに、ティアリスは心配そうに彼女の名を呼ぶ……が。

「私は旦那さまには幸せになってもらって、あー面白いってニヤニヤ眺めたいのよ! なのに、365日年中無休24時間いつでも離縁状に判を押してフラワーシャワーを浴びせる準備をしていても、旦那さま恋愛方面疎すぎて全然進展しないじゃない!! このままじゃ読者離れ現象が起きかねない。いっその事水色の髪と赤みがかったピンク色の瞳を持つヒロインに掻っ攫いに来て頂きたいくらいよ」

 諸々の心配はステイシーの長台詞によって流れていった。

「色々ツッコミどころしかないけれど、随分具体的なヒロイン像出てきたわね」

「……配色的に似合うかなって」

 前世で見たので運命の相手を知っていますとは流石に言えず、言葉を濁して誤魔化すステイシー。

「でも赤眼なんて教会でも探さなきゃ無理じゃない? それって神聖力授かっている人の特徴でしょう?」

「完全に赤眼でもないというか」

「なお難しいわよ」

 教会に集めらる神聖力を宿した人間は魔法を使える人間なんかよりもずっと丁重に扱われる。
 何故なら彼らは神様とやらに愛された"奇跡"を起こせる存在だから。
 保護の名目でガッツリ管理された人種なのに、教会の目を掻い潜って結婚したり子を授かることは難しい。
 そして、仮に授かったとしても神聖力は本来個人に出現するもので、遺伝はしない。
 ましてや、神聖力を浴びたピンク色の瞳になるなんて、ご都合主義も甚だしい。
 が、その"難しい"が容易に起きてしまうのがロマンス小説という物なのである。

「他で"奇跡"使えばいいのに」

 もっと使い所あったでしょ、と2人に聞こえないほど小声でステイシーが毒づいたところで。

「私、ピンク色の瞳の人物に心当たりがあるかもしれません」

 それまでじっと黙って何かを考えていたイリーナがぽつりとそう漏らす。
 しばらく逡巡し、顧客情報ではないと判断を下したイリーナは話を続ける。

「ただ……その人は"運命の相手"にはなれないかと思いますが」

「え?」

「既婚者、なのです」

 紅い唇が形を変え、イリーナからヒントがこぼれ落ちる。

「既婚……?」

 イリーナの記憶力の良さは知っている。
 おそらく、この情報に間違いはない。故にすぐには受け入れられなかった。
 そんなはずはない、と口元を抑え黙り込むステイシーの耳に入ったのは、

「一昨年ルシオン・ラガベル様がご結婚なさったときの騒動をステイシーお姉様はご存知ですか?」

 一昨年、と聞かれステイシーはフルフルと首を振る。
 その頃はそれどころではなかった。
 魔術学院に進学できたのち、念願だった研究施設に足を踏み入れ没頭していたし。
 その後、エルネア領地の悲惨な状況を聞かされ対応に追われていたから。

「騒動って?」

「ルシオン様といえば、騎士団の人気二大柱じゃないですか! 侯爵家出身とはいえルシオン様自身は三男。爵位を継がれる可能性が低いルシオン様を婿に迎えたいと画策する家門は山のようにあったのに。爽やかな笑顔でその全てを交わし続けていたルシオン様が何の前触れもなく結婚を公表した時はどれほどの淑女が涙を流したか」

 当時の情景が浮かぶようなイリーナの語り口調を聞きながら、前世でいうところのアイドルの電撃結婚みたいな感じだろうか? と思いを馳せるステイシー。
 貴族が前情報漏らすことなく結婚なんてやるなぁと個人的にはルシオンに拍手を送りたくなるのだけど。

「そんなに注目されてる方なのに、私の情報網には何も引っかかってないわね」

 公爵夫人、という立場を得てからステイシーはヒロイン探しをずっと続けている。
 社交に勢力を入れている今なら噂くらい耳にしそうなものだが、ルシオンが既婚者だと知ったのも出陣式の日が初めてだ。
 クラヴィルが会ったことがないと言っていたのはてっきりクラヴィルのコミュ力の問題だと思っていたけれど。

「ルシオン様の奥様は一切社交されません。故にラガベル卿の秘宝だなんて呼ばれているわけなのですが」

「なるほど。大事に隠されている、と」

 クラヴィルとの結婚が決まってから色々嫌がらせを受けている身としては分からなくもない。
 この国の社交界、二つ名つけるの好き過ぎる問題はさておき。

「そんなルシオン様の奥様をイリーナはどこでお見かけしたのかしら?」

「お見かけした、というよりも。これはただの推察です」

 確かにイリーナは"心当たりがあるかもしれない"と言った。そしてイリーナの性格上その推察はおそらく真実に近い。
 続けて、と目で促せば、

「ステイシーお姉様はアレキサンドライトというカラーチェンジする宝石をご存知でしょうか?」

「当たる光の種類によって色味が変わる石よね?」

「ええ。アレキサンドライトだけでもかなり貴重なのですが、さらに希少なものの中には水色からピンクに変わるものがある。それをルシオン様が身につけてらしたのです」

 ウィッグの件で騎士団庁舎を出入りしていた際に気づいたのだと語ったイリーナからのヒントでステイシーはじっと考え込む。
 この国にはパートナーの色を纏う習慣がある。アレキサンドライトはあまり出回っておらず、ぱっと見ただけではそれだと分からない。
 基本的に騎士である彼に会うのが外であるなら尚更。

「なるほど」

 出陣式で彼の首にかかっていた指輪に入れられた石はこの国の貴族に多く見られる青みがかった色だった。
 一般的に瞳の色を身につけることが多いけれど、外では髪の色、そして室内ではピンク色に変わるのだとしたら?

「それはまた、随分とベタ惚れなご様子で」

 ルシオンはあのクラヴィルの副官が務まるほど優秀なのだ。
 周囲にカモフラージュしているかのように見せて、当人には堂々と愛を示す。ラガベル卿の秘宝の名は伊達ではないようだ。
 何より、仮に既婚者でなかったとしても。

「ルシオン様、恋愛偏差値高すぎない?」

 クラヴィル負け確じゃないとステイシーが内心で何でこうなった案件にため息をついたところで本日のお茶会はお開きとなった。

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