【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
 王都を立ってから早1月。
 クラヴィルはようやく小降りになった空を見上げ、

「おかしい」

 と独り言をつぶやく。
 周囲への警戒を怠らず、神経を尖らせたままでそう呟いたクラヴィルに、

「旅程自体はまぁ、予定通りに進んでいるけどな」

 お前の分とルシオンがホットワインを差し出した。

「この分だと今日はこれ以上進めそうにないな」

 連れている馬たちの負担を考えればこれ以上無理はしない方がいい。
 それに今回は魔術師団との合同訓練。
 普段からフィジカル面を鍛えている騎士ほどは魔術師達には体力がない。

「ああ、そうだな」

 様々な面を考慮し、クラヴィルは本日はこのまま夜営に移る指示を出す。
 今回は互いの特性を活かし連携した魔物討伐がメイン。騎士団だけが勝手に先走って討伐に出向くわけにはいかないのは分かっているが。

「俺だけ先に様子を見に行くわけにはいかないだろうか?」

 クラヴィルはずっと先の険しい山道を難しい顔で睨みながらルシオンに尋ねる。尋常ではないクラヴィルの雰囲気に、ルシオンが返答を迷っていると、

「ねぇ、クラちゃんは何がそんなに気になってんのぉー」

 と、全く緊張感のない声と共に突然一人の男がテント内に姿を現す。

「あと僕もホットワイン欲しー」

 右手を差し出しそう強請ったのは、魔術師団団長ナチ・アメジオスだった。

「勝手に飲め」

 舌打ちとともにクラヴィルは先程もらったホットワインをナチに押し付ける。

「僕年上なんだけど。クラちゃん、もーちょっと僕の事崇め奉ってくれてもいいと思う!」

 口を尖らせブゥブゥと子どもっぽい抗議するナチを冷ややかな目で見たクラヴィルは、

「尊敬できる相手なら年齢に関係なく敬っている」

 キパッとそう言い捨てた。

「えーん、クラちゃん冷たぃー。せっかくの親善訓練だよ? もっと親睦深めようよー」

「お前と親睦を深めてもいい事はない」

「堅物ー。つまんなーい。そんな君だから、僕と分かり合うためにも"でぇと"のお時間が必要だと思うんだよぇ。ルゥくんもそう思わない?」

 僕と仲良くするとお得いっぱいなのにぃと訴えるアメジストのような瞳は揶揄いの色を帯びてはいるが考えが読めない。
 が、楽しげににぃーと口角を上げるナチがよからぬことを企んでいるのは察しがつく。

「つまり退屈なんですね、ナチ師団長は」

「さっすがぁ、ルゥくんよくわかってる」

 パチンッと指を鳴らし正解! と無邪気な顔でそう言ったナチは、

「一人で行こうとするなんてずるいじゃないか。楽しそうなことが待っていそうなのに」

 やや芝居がかった声でそう言った。

「団長が二人も抜けるわけにはいかないだろ。それに、お前が"楽しそう"というときは厄介なことしか待っていない。三十半も過ぎたならいい加減大人しく、好奇心だけで先走るその悪癖を治せよ」

 クラヴィルがアメジスト色の瞳に留まれと圧をかけるも、

「ふはっ、クラちゃん相変わらず無茶いう。魔術師に好奇心を捨てて娯楽を追求するなというのは息を止めて死ねというのに等しい。騎士で例えるなら信条を誓ったお前の剣を今すぐ叩き折れ、だ」

 猫のような目を細め、おかしそうにそう言っただけでまるで効果はなかった。
 ナチは魔術師になるために生まれて来たといっても過言ではない男だった。
 天才的な魔法の才は人を魅了するが、反面いつでも娯楽に飢えていて。
 好奇心が抑えられないナチはいつもふらりと何処かに消えてしまう。

「君は本当に額面通りにしか物事を受け止めないね。まぁ、僕としてはその素直さを維持したまま血生臭い騎士の頂点まで辿り着いた君の心の構造に興味が尽きないけど」

 自分の好奇心を満たすためなら他者の心の内すら全て暴き出しそうな、ナチのこの目がクラヴィルは苦手だった。

「お前には関係ない」

 と、クラヴィルが会話を打ち切ろうとしたところで。

「あーコレ、エルネア産のワインじゃん! 去年ほぼほぼ壊滅だったから超貴重品!! うわっ、うまぁー。おかわりないの?」

 ホットワインを一口飲んだナチが感嘆の声を上げる。
 先程までの怪しげな雰囲気はすっかり形を顰め、

「ねぇねぇ!! おかわり! おかわり頂戴!!」

 おーねーがーいぃーー! と子どものように駄々をこねるナチ。

「話聞けよ! 自由かっ!!」

 と思わず突っ込んだクラヴィルに、

「諦めろ。ナチ師団長はこういう方だ」

 何を今更、とルシオンはどうどうとクラヴィルを宥めた。
 そう、確かにナチはこういう人間で、人の話を全く聞かない。いつものように勝手にしろ、とクラヴィルが諦めようとしたところで。

『あなたのソレは単に経験不足です』

 以前ステイシーに言われたことを思い出す。

『みんな人との関わりの中で悩みながら相手との距離感を学ぶものなんですよ。今まで逃げて来たツケですね』

 ステイシーの言葉は大体どれも正しい。
 今までのクラヴィルは話を聞かず、距離を取り、誰かとの間に壁を作ってきた。問題があれば自分で被ればいいと特に気にしてこなかったから。
 だけど、今は。

『旦那さま、ご武運を』

 そう言って送り出してくれたステイシーに、

『おかえりなさいませ、旦那さま』

 あの家で出迎えて欲しいと思う。
 目を閉じて思い浮かぶのは、心底楽しそうに笑っている彼女の姿で。
 帰りたい、と思う場所が、会いたい、と思う人ができてしまったから。
 向こう見ずに突っ走るような無茶はしない。
 だから。

「ただではやらん。コレは妻が俺のために持たせてくれた大事な品だ」

 クラヴィルは手元にワインの入った瓶を引き寄せて、ナチのアメジスト色の瞳を静かに見返す。
 この遠征に出てからずっと嫌な予感がする。
 起きてはいけない何かが起きている、そんな予感。
 それは培ってきた経験によるクラヴィルの勘で、何一つ確証はない。
 だが、ナチのいう"楽しそう"を確かめられれば、嫌な予感の正体とその対処方法が得られるかもしれない。
 多くの命を危険に晒すことなく、もっと安全に。
 だから、苦手から逃げずに向き合ってみることにする。
 これは、そのための交渉材料。

「さて、親睦とやらを深めるとしようか。魔術師団長殿?」

 真っ向からやり合う気満々のクラヴィルの視線を受け止め、

「あははー! いいね、超生意気っ」

 と腹を抱えて笑ったナチから、揶揄うような空気が消える。

「じゃあ、ご相伴に預かるとしようか。騎士団長殿?」

 ナチがパチンと指を鳴らせば、一瞬で防音魔法が構築された。

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