【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
 ミズチと閉じ込められた森の中で、クラヴィルは身を隠しながら時間を稼いだ。その一方で、痕跡を探した。ルシオンに繋がる痕跡を。
 記録水晶の記録していた硬質な音。
 規則正しく打ち込まれたソレが不自然に途切れた後に泥が跳ねる音がした。
 そして現場検証の際、薙ぎ倒された木の一部に焦げた跡を見つけた。
 クラヴィルとは違い、魔法剣士であるルシオンは火属性の魔法が使えた。魔法を自在に使いこなす魔術師とは違い、確立された炎の攻撃魔法。
 おそらく、剣を打ち込む音が途切れた瞬間ルシオンは魔法で攻撃したのだ。
 ナチが見立てた通りミズチに魔法を無効化する能力があるのなら、魔法でダメージを与えることはできなかっただろう。
 そうでなくてもこの雨で威力は落ちていたはずだ。
 ルシオンと共に索敵に出向いたのはデュオンをはじめとした場数を踏んできた優秀な魔術師達。彼らが無抵抗にやられたとは思えない。
 なら、ルシオンは自分の魔法が効かないことを分かった上でそれを使ったことになる。
 それは何故か。あの悲惨な現場にたどり着いたときから、クラヴィルはずっと考え続けている。
 逃げろ、と叫びミズチに向かって行ったルシオン。
 あの場には、無惨に壊された魔道具は転がっていたが、彼らが身につけていたはずの防具はなかった。
 防具ごと丸呑みされた可能性も否定はできないが、魔道具の残骸が転がっていたところを見る限り、ソレらはミズチが消化できない類のモノ。
 だというのに、壊されたり吐き捨てられた防具の残骸をクラヴィルはまだ見ていない。
 ルシオンはおそらく魔力を使うことで自身を餌にして、ミズチから魔術師や手負いの騎士を引き剥がしたのだ。
 多分、ナチも気づいていたから、彼らの捜索の指揮をナチが取っているはずだ。
 この閉じ込められた森にルシオンが巻き込まれていなければいいが、ミズチを引き受けたあとルシオンが何処へ行ったのかは分からない。
 そして、ルシオンと交戦したはずのミズチは憎たらしいほど無傷だった。

「頼むから。俺にお前の最期を説明させるなよ、ルシオン」

 まだ、生きている。そう信じたかった。
 半径1キロ。比較的狭い範囲だが、鬱蒼とした森には身を隠せる場所や罠を張れそうなポイントはある。
 とはいえ、隠れ鬼の地の理があるのはミズチの方。初日は夜行性のミズチから逃げ切るのに随分気を遣った。
 空間が限られたためか影響を及ぼす範囲が狭まり、森には激しい雨が注ぐ。そのせいで気温が低く、足元はぬかるんだ泥沼状態。
 相手は水辺の生き物なので、水も低気温も好ましいのだろうがこちらは生身の人間だ。居場所を悟られぬよう魔道具を起動することもできず、クラヴィルは泥にまみれて気配を消し、直ぐ脇を這いずる死の音をやり過ごして心を蝕まれそうな夜を耐えた。
 機会を伺いつつ辛抱強くミズチを観察していたら森で2回目の朝を迎えた頃、急に雨が小降りになりミズチの動きが鈍くなった。
 規格外の魔物とはいえ、休息は必要らしい。ナチ曰くこのミズチはだいぶ大喰らいで、魔力消耗が激しいのだという。
 ならば、おそらく自身が有利になる夜まで動かない可能性が高い。閉じられた金の目が再び開くまで、クラヴィルは森を把握することにした。

「……この辺りはまだ来てなかったか」

 急に視界の開けたそこは、巨大な沼地だった。ポカリと大きな穴の空いたそこには空から降り注いだ雨を存分に蓄えて、ドロリと濁り底が見えない。
 妙に整えられたその場所に違和感を覚え、クラヴィルは思案した後、簡易電灯をつけた。ミズチの気配はない。慎重に周囲を照らしていけば、何かが僅かに反射した。

「……コレ、は……」

 クラヴィルはそれらをじっと観察する。枝に吊るされていたのはキラキラと光る魔石。おそらく破壊された魔道具から抜き去られたものだ。
 まるで早贄みたいだ、と思ったクラヴィルの視線は一点でピタリと止まり濃紺の目が見開かれる。
 クラヴィルは宝石には詳しくない。だが、それだけは知っている。

『手に入れるのにかなり苦労したんだぞ』

 そう言ってルシオンが自慢していたから。
 当てる光によって色の変わる、不思議な宝石。

「アレキサンドライト」

 それは簡易電灯の光を浴びて、赤みがかったピンク色に輝いていた。

『コレがいいんだ』

 騎士であるルシオンは普段指輪を嵌めない。だからずっとそれは首から下げられていた。
 この遠征に出た時でさえ。

「ルシ……」

 妻と対のデザインで誂えた、と。
 幸せそうな顔で惚気られた。

『アイリーは寂しがりやだから。んで、警戒心の強い猫みたいなんだ。お前にちょっと似てるよ』

 つい構いたくなるとことか、そう言ってニシシと大口を開けて子どもみたいに笑っていた彼は。

「………っ」

 辛うじて息をしているだけの状態で木に貼り付けにされていた。
 ミズチの戦利品として。

「くそっ、こんなもの」

 粘性のその糸はミズチの鱗のように強靭で引きちぎることも剣で断つこともできない。
 親友の命が尽きようとしている。早く、と焦る気持ちがクラヴィルから思考を奪った。

「……っ!?」

 一瞬、ざらりと背を嫌な予感が撫でた。

『あのミズチ、知能けっこう高いかも』

 ナチの言葉を思い出したの瞬間、ブンッと勢いよく何かが飛んできた。

「……がっ、は」

 剣で飛んできた何かの勢いは殺せたが、避けきれなかったクラヴィルはそのまま思いっきり吹き飛ばされる。
 暗闇からギラリと覗く2つの金の眼。木々を薙ぎ倒す音どころか気配すら感じなかった。
 ココがミズチの寝ぐらなのだとわかっていたのに、まんまとしてやられた。
 いつまでも出てこないクラヴィルをミズチが罠に嵌めたのだ。
 あえて音を立て動き回ることで、ミズチが近づく時は存在を感知できるものだと誤認させて。
 天候を操れるのなら、雨足を弱めることだってできただろう。
 油断する状況を作り出し、ルシオンを餌にクラヴィルを足止めをしたのだ。
 思い込みで判断を誤ったと気づいた時には既に遅く、背中から岩壁にぶつかる直前で。

『頼んだぜ、大将』

 そう、任されたのに。
 絶対に死ねない、とクラヴィルが強く思った時だった。
 魔法が発動する気配を感じると同時に薄暗かったその場所には目が開けていられなくなるほど眩い光が辺りに広がった。

「……これ……は?」

 再び目を開けたクラヴィルの視界に広がったのは、一面を覆い尽くすアイビーの葉。
 周囲の木々に絡まってネットのように生い茂ったツタがクラヴィルの身体に巻き付き、岩壁への衝突を防いでいた。

『せっかくなので、生存フラグも立てておきましょうか』

 ステイシーの声がクラヴィルの耳に蘇る。

「……アイビーの花言葉は"不滅"」

 伝言石でステイシーと話した夜、剣に括り付けられた飾りの刺繍に目を止めたナチが、珍しいこともあるもんだと興味深そうにつぶやいて、クラヴィルが頼むより早く勝手に魔力を注ぎ込んだ。

『発動しなければただのお守りだよ。とっても強力な、ね』

 ひと針ひと針丁寧に入れたそれには"絶対帰って来い"という願いが込められている。

『旦那さまが帰ってきてくださらないと私非常に困ります』

 楽しげな、それでいて揶揄うようなステイシーの柔らかな声がクラヴィルの耳に響く。

「帰らなくては」

 自分に帰って来いと待っていてくれる人がいるように、ルシオンにもまた彼の帰りを待つ相手がいる。
 なら、やることは一つだ。
 ふっ、と大きな息を吐いたクラヴィルは自身を守ってくれたアイビーのツタを解くとアイビーの茂みから抜け出してコチラをじっと見つめる金色の目と対峙する。

「聞け! 我が名はクラヴィル・ヘイリス。お前の命を狩る者だ」

 グルルと喉を鳴らすミズチにスッと剣を向けそう宣言したクラヴィルは、

「はらぺこだろう。鬼ごっこを再開しようか?」

 魔力を絶つ特殊な布を取り払い瓶に入った液体を見せる。それには高濃度の魔力が込められていた。

『ギャーオゥーー』

 寄越せ、とばかりに鳴き声を上げたミズチに、

「欲しければ追ってこい」

 言うと同時にクラヴィルは泥だらけの山道を駆け出す。
 生き残るための戦略を練るクラヴィルの目からはもう焦りの色は消えていた。
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