【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
 クラヴィルの読み通り、飢餓状態のミズチにとって、手っ取り早くエネルギーを補給できる魔力入りのボトルはかき集めた僅かな戦利品よりもずっと魅力的だったらしい。
 目論見通りルシオンから引き剥がすことには成功したものの。

「さて、ここからどうするか」

 立ち止まらずにつぶやいたクラヴィルは、ぬかるんだ地面を蹴って上空に飛び、枝を掴んで距離を取る。
 瞬間、ブンッと空を切る音がして容赦なく振り回されたミズチの爪が軽々と岩を砕き先程までクラヴィルがいた場所を更地にした。

「これは一発アウトだな」

 当たれば即死級。
 逃げる最中ミズチから放たれた体液を浴びたせいで防具にかけられた魔法は全て無効化された。
 重いだけで邪魔になった防具は捨て置いたが、仮にそれらがあったとしてもこの攻撃を喰らえば無事ではすまないだろう。
 とはいえ、いつまでも逃げてばかりはいられない。
 魔法の発動の気配を感じたクラヴィルは体勢を反転させる。
 咆哮と同時にキラキラと輝き雨粒を集めるように形成された水龍。それらがミズチから一気に放たれる直前、クラヴィルはミズチに向かって踏み込むと同時に全ての水龍を叩き斬る。
 人であれ魔物であれ魔法が発動する瞬間は隙ができる。その一瞬を逃すことなくまるで一閃の光のような速さで斬りかかったその切先はミズチの金の目を掠めた。

『ガギャーオゥッーーー』

 ミズチから怒りの滲んだ叫び声が上がる。
 同時に斬りつけた体表の硬い鱗には傷一つつかなかったが、やはり粘膜は弱いようだ。
 とはいえ、眼だけではこの巨体は倒せない。
 ギロリとコチラを睨む目はクラヴィルを敵と認定したようだった。

『ガガァァアーーー』

 ミズチの叫び声と共に雨粒が無数の氷のつぶてとなってクラヴィルに襲いかかってきた。それら一つずつが鋭い刃物のような斬れ味で防ぎきれなかった分だけクラヴィルに傷を負わせて消える。
 さすが、災厄級というべきか。次の攻撃までのタイムラグがほとんどない。
 クラヴィルは氷の粒を刃先で受け流し、再びミズチに斬りかかる。
 だが、その攻撃は突如発生した霧のような防御壁に阻まれミズチには届かなかった。

「なるほど。そのための"水"か」

 合点がいった、とクラヴィルは楽しげに口角を上げる。
 クラヴィルはミズチを討つ戦略を描く。どの攻撃も一筋縄ではいかず、相手と同じ土俵で戦ってはまず勝てない。
 そして何より夜までにはミズチを撒かなくては、とクラヴィルは曇天が支配する空を見上げる。今でさえこれなのに、夜行性であるミズチと戦うのは分が悪すぎる。

「あまり長引かせたくないな、お互いにっ」

 再び斬りかかって来たクラヴィルの前に霧の防御壁が広がる。が、剣を引いたクラヴィルはそこに泥を包んでいた布を投げつけた。
 途端、ミズチの防御壁に泥が混ざり濁った壁はミズチから視覚情報を奪う。
 その隙をついてクラヴィルは鬱蒼とした森に逃げ込んだ。

**

 それからずっと現在までクラヴィルはミズチと鬼ごっこを続けている。
 ミズチと共に森に閉じ込められた時は半径1キロの範囲で身を隠していたが、ミズチを寝ぐらに近づけないためにはもっと狭い範囲でミズチと交戦し続けなくてはならない。
 ミズチの怒りを反映させたかのような雨は勢いを増し降り注ぎ、クラヴィルを容赦なく消耗させていく。
 行き止まりの目印が目に入り、クラヴィルは足を止めようとしたが、勢いを殺し切れずズササッと大きな音を立ててしまった。
 その途端、ドシンッと大きな音で地面を揺らし、ミズチがクラヴィルの前に姿を表した。
 ギョロリとした2つの金の瞳がクラヴィルを見下ろし、

『グギャァーォーーオー』

 ようやく見つけた、とばかりにミズチは雄叫びを上げる。

「悪いが、夜までは付き合えないぞ」

 剣を構えたクラヴィルは自分を見下ろすミズチに口角をあげ好戦的に笑うと、ぬかるんだ地面を蹴り上げミズチの目に斬りかかる。
 すでに一度その切先が目を掠っているミズチがクラヴィルの攻撃を避けようと身を逸らした瞬間、剣を納めたクラヴィルは軽業師のような身のこなしでその巨体を蹴りつけ、ミズチの向こう側へと着地する。
 ミズチがくるりと巨体を反転させるまでの間に岩場を蹴って距離を稼ぎ、クラヴィルは行き止まりから脱した。
 足場の悪い地面を避け、木々を伝い、岩場を越えてクラヴィルは走る。そして行き着いた場所でクラヴィルの足が止まった。
 本来小さな沢でしかなかったそこは、降り続いた雨の影響でまるで大きな川のようにゴウゴウと音を立て行手を阻んでいた。
 追いついたミズチがチロチロと赤い舌を覗かせる。まるで、やっと追い詰めたと言わんばかりだ。

「……ッチ」

 肩で息をするクラヴィルが舌打ちしたと同時に背後からは水で出来た水龍が、前面からはミズチが鋭い爪でクラヴィルに襲いかかってきた。
 クラヴィルがその一撃を転がるように回避し、地面から距離を取った瞬間、あたりに閃光と爆発音が響いた。

『グガァァアーーー』

 鋭い爪先から血を滴らせたミズチが一際大きな鳴き声を響かせる。

「お前ならそうすると思っていた」

 パシッとクラヴィルが指で弾いたのは破撃の魔石。ナチの魔力が込められたそれは火薬不要で雨の影響を受けず発動させることが可能な攻撃用魔道具だ。
 魔力が感知されないよう防御の魔法でコーティングされていたそれを予めこの場所に仕掛けておいたのだ。

「いくら体表が硬いとはいえ流石に指先までは鱗で強化されてないだろ」

 痛みで動きが鈍るミズチの隙を逃さず、剣を構えたクラヴィルは関節を狙い連撃を仕掛け機動力を削いでいく。
 だが、ブンと振り回されたミズチの尻尾を避けるため距離を取らざるを得ず決定打とはならなかった。
 フゥーフゥーと荒い息をさせながら牙を覗かせコチラを睨むミズチにはもう隙がない。同じ手は通じないだろう。
 さて、どうするかとクラヴィルが思案したところで。

「放てーー!!」

 そんな声と共にミズチに向かって四方から破撃の魔石が仕込まれた矢が飛んできた。

「団長、ご無事ですか!!」

 姿を現したのは今回遠征に参加している騎士達だった。

「……お前達」

 彼らの出現で結界が解けたことを知ったクラヴィルは、

「状況は」

 短く隊を率いている部隊長に問いかける。

「はっ。デュオン様をはじめ索敵部隊は保護され治療中です。ただ……」

「ルシオンはここより北側にいる」

 伝令を、とクラヴィルは指示を出す。見つけた時にはすでに虫の息だった。あとはルシオンの生命力を信じるしかない。
 あれほど降り続いていた雨が止む。
 薄暗い空には墨を溢したような夜がじわりと広がり始めていた。

「早々に片を付けるぞ」

 今、ここでミズチと決着をつけるしかない。
 クラヴィルの声と共に全員が剣を抜いた。
 四方から一斉に仕掛けられる斬撃。
 クラヴィルだけを追えば良かった今までとは違い、ドシンと地団駄を踏んで暴れても機動力が削がれたミズチは自分に攻撃を仕掛けてくる全てを払い落とす事ができない。
 ミズチが傷を負った今が好機とばかりに騎士達は、

「鱗の強度が低い腹を狙え」

 と刃を突き立て、

「動きを止めろ! 関節部分を狙うんだ」

 と刺しにいく。
 騎士達からの猛攻撃をなす術なく受け続けたミズチがついに巨体を地に伏せ首を垂れた。
 災厄級を前にして誰一人絶望することのないその顔は自分達の勝利を疑っておらず。
 自分達こそが正義だと言わんばかりの傲慢さで、当たり前のように掠奪するそれらは命を狩ることに何の疑問も持っていない。

「今だ、ミズチを討つぞーー!!」

 士気が高まった声と共に騎士達が一斉攻撃を仕掛けたのと、

「全員後方退避、耳を塞げーー!!」

 クラヴィルが叫び声を上げたのはほぼ同時だった。

『ガォオオオオオーーーー!!』

 耳を劈く地鳴りのような咆哮があたりに鳴り響き、その衝撃波をまともに喰らった騎士はそのまま意識を失った。意識を保てた騎士達ですら耐えがたい耳鳴りに平衡感覚を失い泥の上に膝をつく。

「……お前はそういうヤツだよ」

 一人無事だったクラヴィルは首を持ち上げ身体を起こしたミズチと向き合う。

『ガゥゥーー』

 ミズチの叫び声と共に魔法が展開され、刃のような鋭い氷の粒が無防備な騎士達に向けて広範囲に放たれた。
 クラヴィル一人であったならこの攻撃は防げただろう。が、いくら人類最速と呼ばれる男でもたった一人でこの範囲の人間は守り切れない。
 それでも一人でも多く守らなければとクラヴィルが剣を構え走り出したところで、シャラーンと鈴の音と共に突如熱風が吹きそれらは空中で離散した。

「間一髪、でしたね。旦那さま」

 柔らかく楽しげな声がクラヴィルの耳に届く。聞き間違えるはずのないその声を辿った先で、案の定栗色の瞳と目が合った。
 ミルクティー色の髪はいつもとは違い高い位置で一つ結びにしており、着ている服もドレスではなくパンツスタイルで。
 彼女が抱えているのは大量の本ではなく、魔術師たちが前線に立つ時に持つ杖だけど。

「……ステイシー」

 見間違いではなく、そこにいるのは妻であるステイシーだった。
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