【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
「ステイシー。ケガ、は……ない、か?」
そんな言葉をかけられたステイシーはただ見返すしかできない。どう見たってクラヴィルの方が重症なのに。
いつもの軽口を叩くどころか無事を伝えることすらできず、ただただ呆然とクラヴィルを見返す栗色の瞳に、
「言った……だろ? ステイシー、一人護れない程度の……腕、なら、俺は退任を願い出る、って」
クラヴィルは優しく笑いかける。
それは、初めてデートした日に言われたセリフで。
見開いたままのステイシーの瞳から一雫の涙が溢れた。
「グルル……」
と弱々しい声が聞こえ、ステイシーはそちらに目を向ける。瀕死の状態であるミズチが最期の抵抗とばかりにこちらを睨んでいた。
その呼びかけに答えるように、ステイシーを背に庇うように立ち、ミズチに向き直ったクラヴィルは、
「そう焦るな」
とミズチに声をかける。
「道連れがいるなら、俺が一緒に逝ってやる」
「……グググッ」
「妻、には……手を出すな。……俺の、大事な人なんだ」
そう言って剣を構えたクラヴィルは、
「もう苦しまなくていい。ゆっくり休め」
その命に敬意を表し、慈しむように刈り取ると、力尽きるようにクラヴィルも地面に倒れた。
「だん……な、さま?」
ステイシーは大きな目を何度も瞬かせ、クラヴィルに声をかける。
だが、反応はない。
上手く動かせない身体を引きずり、這うようにクラヴィルに近づくと、
「旦那さまっ!!」
震える指先で血塗れのその身体に触れ、クラヴィルを再度呼ぶ。
まだ温かく微かに呼吸はあるが、反応はやはりない。
「いや……」
何度呼んでも濃紺の瞳が開かれることはなく。
その唇から言葉が紡がれることはない。
「いやっ! 嫌です!! 死なないで!! お願い、ですからっ」
クラヴィルから止めどなく流れて行く血を布で必死に押さえながら、ステイシーはそう叫ぶ。
「……クラヴィル様!!」
死をあまりに近くに感じて、手が震えて力が入らない。自分のせいだ。状況を見誤って、大事な人を傷つけた。
誰もが勝利を確信したあの状況下で、クラヴィルだけが最後まで警戒を怠らなかった。
だからこそ、ステイシーは無事なのだ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。あなたを失うなんて耐えられない、とステイシーの両頬を涙が伝う。
「クラヴィル様」
クラヴィルの身体から力が、体温が、生命が流れていく。
「お願いだから、誰かっ!!」
助けて、と弱々しくつぶやいたところで。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
ステイシーの肩に手がかかり、そんな声が落ちてきた。
視線を上げれば、アイリーのピンク色の瞳と目があった。
軽く息を切らせているアイリーの傍らには、彼女と一緒にルシオンの救出に向かったティアリスがいた。
「ティア。それに、アイリー様も」
「あなたのおかげ。こっそり治癒魔法もかけたし、全員無事。ルシオンも、大丈夫だった。……けど」
「……お兄様。なんて、酷い」
クラヴィルのあまりの状態に思わず漏れたティアリスのつぶやきに、
「そうね。かろうじて息があるけど、生きてるのが不思議なくらい」
クラヴィルの状態を確認していたアイリーが淡々とした口調でそう返す。
「お願いします! クラヴィル様にも治癒魔法を」
ステイシーは縋るようにアイリーに願い出る。だが。
「私だって助けたいのは、山々だけど」
「なら早くっ!!」
「治癒魔法ならもうかけた! だけど……もう、手遅れよ」
ギリッと歯を食いしばったアイリーが険しい表情でステイシーに告げた。
「私の治癒魔法だって万能じゃない! 身体の傷は塞げるけど、流れた血はどうにもできないっ」
何もかも元通りになんてできないの、とアイリーは悔しそうに事実を伝える。
確かにアイリーは神聖力を持っているし、治癒魔法に特化している。だけど、原作通りのヒロインではない今の彼女はクラヴィルを治せる"聖女"ではない。
完全回復の奇跡を起こせるのはヒロインであるアイリーンが愛した相手だけなのだ。
「ごめん、なさい」
アイリーの謝罪がステイシーの耳を通り過ぎる。アイリーのせいではない。彼女はただ自分で愛する人を見つけて、選んだ。
それがこの世界ではクラヴィルではなかっただけのことだ。
ステイシーは抑えていた布をそっと外す。
アイリーの治癒魔法によって確かに血は止まっていた。だけど、クラヴィルの身体は冷え切っていて、綺麗なその顔は彫刻のように色を失ったまま、彼はぴくりとも動かない。
「……ねぇ、クラヴィル様」
ステイシーは冷たいクラヴィルの手を握り締める。
「私、まだクラヴィル様の恋物語を堪能しておりません。最前列で鑑賞させてくれるのではなかったのですか?」
あなたがこんな所で死ぬ訳がない。
だって、あなたはこの世界の男主人公でしょう? とステイシーはクラヴィルに優しく語りかける。
「ほら、私まだ借りを返せていませんわ。利子付きで返すと約束したではありませんか?」
ギブアンドテイクが好きなんです、とステイシーはクラヴィルに話しかけ続ける。
だが、ステイシーの言葉にクラヴィルが答えることはなく、瞼は固く閉じられたままで。
「クラヴィル……様!!」
『君を愛することはない』
と、そうはっきり言ったくせにっ。
「狡いんですよ! クラヴィル様は」
『……俺の、大事な人なんだ』
大事な人と愛する人は別かもしれない。
クラヴィルはただ騎士の矜持として守ってくれただけなのかもしれない。
だけど、こんな結末あんまりじゃないか。
「許しませんよ、言い逃げなんて!!」
私、恋物語はハピエン至上主義なんです、とつぶやいたステイシーは、目を閉じパンッと自身の両頬を叩いて気合いを入れる。
「私が絶対、死なせない」
強い決意と共に栗色の瞳を開けた時には、ステイシーの手の震えは止まっていた。
愛されない当て馬妻という配役のステイシーには完全回復なんて奇跡みたいな魔法は使えない。
でも代わりに前世の知識と今世で必死に習得した技術がある。
「考えて、私に何ができる?」
考えて、と今この一瞬を乗り切るために頭の中にある知識を全部さらう。
「血が足らないなら、足せばいいんだわ」
血液は液体。水ならどんなものでも扱える。
様々なものに染み込んでいるだけで、幸いにもまだクラヴィルの血液自体はこの世界に存在する。
ステイシーは意識を全部集中させ、"水の流れ"をイメージする。
「ここにあるあらゆるものから、たった今流れ出た成分と水分を可能な限り集めて不純物を取り除き"血液"を再生成する魔術式を造る」
ステイシーはありとあらゆる複雑な魔術を思い描き、それらを組み合わせ、頭の中で魔術式を構築すると、刺繍をするような繊細さでクラヴィルの身体に式を描く。
「できる。絶対、上手くいく」
『きっかけがなんであれ、自分に嘘はつけない。やった事しか、身にならない。それだけは、間違いない』
『全部全部ねじ伏せて、自信満々に堂々と受けて立つ君を俺は知ってる。それができるステイシーは間違いなくかっこいい』
クラヴィルがそういうのなら。
きっと、この日のために自分は努力してきたのだろう。
「お願い、生きて!!」
魔力が枯渇しても構わないとばかりにステイシーはありったけの魔力を全部注ぎ込むが、まだ足りない。
もっと魔力がいるとステイシーがつぶやいた瞬間、トンッとステイシーの背に手が乗った。
「ステイシー、そのまま集中切らさないで。足らない魔力は僕が補うから」
よく頑張ったね、とステイシーに声をかけたナチは、
「クラちゃん、僕の可愛い姪っ子がこんなに頑張ってんのに、ステイシーのこと未亡人にしたら、あの世から引きずり戻してでもイタズラし続けるから覚悟してね」
向こう40年は安息ないからとニヤリと笑う。
「全火力! 細かい微調整はよろしく」
ナチがステイシー経由で魔力を注ぎ込むと眩い光が辺りを包み空中で魔法が発動する。
そしてクラヴィルの身体に魔力と共に赤色の糸のように紡がれた血液がゆっくりと注がれていった。
「ん、もう大丈夫そう」
最後の糸がクラヴィルに吸収され、顔色が戻ったのを確認したナチがそういうのを聞いた瞬間、
「良かっ……た」
ステイシーは安堵すると共にそのまま意識を失った。
そんな言葉をかけられたステイシーはただ見返すしかできない。どう見たってクラヴィルの方が重症なのに。
いつもの軽口を叩くどころか無事を伝えることすらできず、ただただ呆然とクラヴィルを見返す栗色の瞳に、
「言った……だろ? ステイシー、一人護れない程度の……腕、なら、俺は退任を願い出る、って」
クラヴィルは優しく笑いかける。
それは、初めてデートした日に言われたセリフで。
見開いたままのステイシーの瞳から一雫の涙が溢れた。
「グルル……」
と弱々しい声が聞こえ、ステイシーはそちらに目を向ける。瀕死の状態であるミズチが最期の抵抗とばかりにこちらを睨んでいた。
その呼びかけに答えるように、ステイシーを背に庇うように立ち、ミズチに向き直ったクラヴィルは、
「そう焦るな」
とミズチに声をかける。
「道連れがいるなら、俺が一緒に逝ってやる」
「……グググッ」
「妻、には……手を出すな。……俺の、大事な人なんだ」
そう言って剣を構えたクラヴィルは、
「もう苦しまなくていい。ゆっくり休め」
その命に敬意を表し、慈しむように刈り取ると、力尽きるようにクラヴィルも地面に倒れた。
「だん……な、さま?」
ステイシーは大きな目を何度も瞬かせ、クラヴィルに声をかける。
だが、反応はない。
上手く動かせない身体を引きずり、這うようにクラヴィルに近づくと、
「旦那さまっ!!」
震える指先で血塗れのその身体に触れ、クラヴィルを再度呼ぶ。
まだ温かく微かに呼吸はあるが、反応はやはりない。
「いや……」
何度呼んでも濃紺の瞳が開かれることはなく。
その唇から言葉が紡がれることはない。
「いやっ! 嫌です!! 死なないで!! お願い、ですからっ」
クラヴィルから止めどなく流れて行く血を布で必死に押さえながら、ステイシーはそう叫ぶ。
「……クラヴィル様!!」
死をあまりに近くに感じて、手が震えて力が入らない。自分のせいだ。状況を見誤って、大事な人を傷つけた。
誰もが勝利を確信したあの状況下で、クラヴィルだけが最後まで警戒を怠らなかった。
だからこそ、ステイシーは無事なのだ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。あなたを失うなんて耐えられない、とステイシーの両頬を涙が伝う。
「クラヴィル様」
クラヴィルの身体から力が、体温が、生命が流れていく。
「お願いだから、誰かっ!!」
助けて、と弱々しくつぶやいたところで。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
ステイシーの肩に手がかかり、そんな声が落ちてきた。
視線を上げれば、アイリーのピンク色の瞳と目があった。
軽く息を切らせているアイリーの傍らには、彼女と一緒にルシオンの救出に向かったティアリスがいた。
「ティア。それに、アイリー様も」
「あなたのおかげ。こっそり治癒魔法もかけたし、全員無事。ルシオンも、大丈夫だった。……けど」
「……お兄様。なんて、酷い」
クラヴィルのあまりの状態に思わず漏れたティアリスのつぶやきに、
「そうね。かろうじて息があるけど、生きてるのが不思議なくらい」
クラヴィルの状態を確認していたアイリーが淡々とした口調でそう返す。
「お願いします! クラヴィル様にも治癒魔法を」
ステイシーは縋るようにアイリーに願い出る。だが。
「私だって助けたいのは、山々だけど」
「なら早くっ!!」
「治癒魔法ならもうかけた! だけど……もう、手遅れよ」
ギリッと歯を食いしばったアイリーが険しい表情でステイシーに告げた。
「私の治癒魔法だって万能じゃない! 身体の傷は塞げるけど、流れた血はどうにもできないっ」
何もかも元通りになんてできないの、とアイリーは悔しそうに事実を伝える。
確かにアイリーは神聖力を持っているし、治癒魔法に特化している。だけど、原作通りのヒロインではない今の彼女はクラヴィルを治せる"聖女"ではない。
完全回復の奇跡を起こせるのはヒロインであるアイリーンが愛した相手だけなのだ。
「ごめん、なさい」
アイリーの謝罪がステイシーの耳を通り過ぎる。アイリーのせいではない。彼女はただ自分で愛する人を見つけて、選んだ。
それがこの世界ではクラヴィルではなかっただけのことだ。
ステイシーは抑えていた布をそっと外す。
アイリーの治癒魔法によって確かに血は止まっていた。だけど、クラヴィルの身体は冷え切っていて、綺麗なその顔は彫刻のように色を失ったまま、彼はぴくりとも動かない。
「……ねぇ、クラヴィル様」
ステイシーは冷たいクラヴィルの手を握り締める。
「私、まだクラヴィル様の恋物語を堪能しておりません。最前列で鑑賞させてくれるのではなかったのですか?」
あなたがこんな所で死ぬ訳がない。
だって、あなたはこの世界の男主人公でしょう? とステイシーはクラヴィルに優しく語りかける。
「ほら、私まだ借りを返せていませんわ。利子付きで返すと約束したではありませんか?」
ギブアンドテイクが好きなんです、とステイシーはクラヴィルに話しかけ続ける。
だが、ステイシーの言葉にクラヴィルが答えることはなく、瞼は固く閉じられたままで。
「クラヴィル……様!!」
『君を愛することはない』
と、そうはっきり言ったくせにっ。
「狡いんですよ! クラヴィル様は」
『……俺の、大事な人なんだ』
大事な人と愛する人は別かもしれない。
クラヴィルはただ騎士の矜持として守ってくれただけなのかもしれない。
だけど、こんな結末あんまりじゃないか。
「許しませんよ、言い逃げなんて!!」
私、恋物語はハピエン至上主義なんです、とつぶやいたステイシーは、目を閉じパンッと自身の両頬を叩いて気合いを入れる。
「私が絶対、死なせない」
強い決意と共に栗色の瞳を開けた時には、ステイシーの手の震えは止まっていた。
愛されない当て馬妻という配役のステイシーには完全回復なんて奇跡みたいな魔法は使えない。
でも代わりに前世の知識と今世で必死に習得した技術がある。
「考えて、私に何ができる?」
考えて、と今この一瞬を乗り切るために頭の中にある知識を全部さらう。
「血が足らないなら、足せばいいんだわ」
血液は液体。水ならどんなものでも扱える。
様々なものに染み込んでいるだけで、幸いにもまだクラヴィルの血液自体はこの世界に存在する。
ステイシーは意識を全部集中させ、"水の流れ"をイメージする。
「ここにあるあらゆるものから、たった今流れ出た成分と水分を可能な限り集めて不純物を取り除き"血液"を再生成する魔術式を造る」
ステイシーはありとあらゆる複雑な魔術を思い描き、それらを組み合わせ、頭の中で魔術式を構築すると、刺繍をするような繊細さでクラヴィルの身体に式を描く。
「できる。絶対、上手くいく」
『きっかけがなんであれ、自分に嘘はつけない。やった事しか、身にならない。それだけは、間違いない』
『全部全部ねじ伏せて、自信満々に堂々と受けて立つ君を俺は知ってる。それができるステイシーは間違いなくかっこいい』
クラヴィルがそういうのなら。
きっと、この日のために自分は努力してきたのだろう。
「お願い、生きて!!」
魔力が枯渇しても構わないとばかりにステイシーはありったけの魔力を全部注ぎ込むが、まだ足りない。
もっと魔力がいるとステイシーがつぶやいた瞬間、トンッとステイシーの背に手が乗った。
「ステイシー、そのまま集中切らさないで。足らない魔力は僕が補うから」
よく頑張ったね、とステイシーに声をかけたナチは、
「クラちゃん、僕の可愛い姪っ子がこんなに頑張ってんのに、ステイシーのこと未亡人にしたら、あの世から引きずり戻してでもイタズラし続けるから覚悟してね」
向こう40年は安息ないからとニヤリと笑う。
「全火力! 細かい微調整はよろしく」
ナチがステイシー経由で魔力を注ぎ込むと眩い光が辺りを包み空中で魔法が発動する。
そしてクラヴィルの身体に魔力と共に赤色の糸のように紡がれた血液がゆっくりと注がれていった。
「ん、もう大丈夫そう」
最後の糸がクラヴィルに吸収され、顔色が戻ったのを確認したナチがそういうのを聞いた瞬間、
「良かっ……た」
ステイシーは安堵すると共にそのまま意識を失った。