MR(医薬情報担当者)だって恋します!
土曜日。佐藤さんの家に行くと、可愛らしい茶色のトイプードルが迎えてくれた。
「あなたがクッキー? 可愛い!」
クッキーは短い尻尾を小刻みに振って、くるくると回った。その姿がまた愛らしい。
「ほら、クッキー! お客様なんだから、部屋に入らせてあげて」
佐藤さんの声に、クッキーは佐藤さんの方に歩いておとなしく座った。
「すごい! ちゃんとしつけしてるね!」
「しつけはしないと、飼うほうも飼われるほうも不幸だからね」
佐藤さんはクッキーの頭を撫でながら言った。佐藤さんの部屋はダイニングと広めの居間の作りだった。もっと可愛らしい部屋かなと想像していたが、意外とシンプルで、そしてクッキー中心の生活をしているのが見てとれた。
「カレーで良ければ食べる? お昼」
「いいの? 食べる!」
私と佐藤さんは彼女の持っていた雑誌を見ながら、どんな髪型にするかを話した。
「これくらい短くても似合うと思うよ、理緒」
私は初めて名前で呼び捨てされて驚いて佐藤さんを見た。
「あれ、嫌だった? 私のことも香澄でいいから」
「い、嫌じゃない……」
「そんなに驚いて、変な子」
香澄は笑った。
「それで、理緒はどうなの? こういう髪型嫌じゃない?」
「嫌ではないけど、なんかパーマでふわふわしてるから、私のイメージに合うかな?」
香澄は「違うなあ」、と言った。
「自分のイメージに合わせるんじゃなくて、なりたいイメージに自分がなるのよ!」
香澄の言葉に私は目を見開く。衝撃的だった。今思えば、私は母や兄に馬鹿にされて、「あんたはこんなの似合わない」とか「お前は地味だから」とか言われてきたままにしてきた。
自分のなりたいイメージになる。なんて素敵なんだろう。私にもできるかな。
「色もこのくらいなら違和感ないと思うし。理緒は目も丸いし、唇もふっくらしてるから、女の子らしいの似合うと思うけど?」
「そうかな……」
「ボブでふわふわで少し髪を明るく。この雑誌、持って行っていいよ?」
「ありがとう」
「で」
香澄の言葉に私は訝し気な顔になる。
「で?」
「ご飯食べてからはメイクをする!」
「お、お願いします」
「じゃ、ご飯にしよ?」
香澄が丸い卓上テーブルにカレーをついで持ってくると、クッキーがカレー皿を見ながら甘えるように鳴いた。
「ダメ。クッキーはクッキーのご飯があるでしょ? これは人間のご飯」
クッキーがそれでも名残惜しそうにカレー皿を見ていると、
「ふせ!」
と香澄が強めの声で言った。クッキーはその声に、条件反射のようにふせをした。そのクッキーには香澄がおやつのジャーキーを持ってきた。目前において、
「お預け」
と香澄がいうと、クッキーはジャーキーを見つめながらもけなげに食べるのを我慢した。
「よし」
香澄の声を聞いてから食べだす。本当によくしつけされている。ジャーキーを食べ終わったクッキーを私は撫でた。
香澄の作ったカレーは普通においしくて、大学の友人の作ったカレーを食べたことを思い出した。香澄とはきっと仲良くなれる。そんな気がした。
「じゃあ、メイクだね」
香澄がポーチを出してくる。パンパンに膨れたそのポーチにはたくさんのメイク道具が入っていた。
「前髪が今より短くなるから、眉も見える。だから、もう少し変えよう。今、まっすぐに近いから、少し眉尻を柔らかくカーブさせて、色もちょっと茶色にしてみよう」
言いながら、香澄はてきぱきと私の前髪をピンでとめて、眉を整えだした。クッキーが面白そうにこちらを見ている。
「それで、アイメイクは……」
と言い出した香澄に、
「ごめん! 私、アイメイクは面倒だから、いいや」
「そうなの? 変わると思うけど無理強いはできないね。それじゃ、チーク。これだけは絶対入れたほうがいいから! 顔色よくなるし、可愛くなれる!」
香澄は私の頬の高いところにふんわりとピンクベージュのチークを入れた。
「ほら、いい感じ!」
私も鏡を覗いて、ちょっと目を見張る。確かに健康的で可愛い感じだ。
「口紅もこの色に近い、明るめの……」
リップブラシで塗られた色は、いつもの私の口紅よりかなり明るくて私は躊躇ったけれど、鏡に映った私はいつもより雰囲気が柔らかく、肌もきれいに見えた。
「ほら、断然こっちのほうがよくない?」
「そうだね。なんか驚き」
可愛くメイクされると、真っ黒な髪が逆に浮いて見えた。
「はい、メモして。これとこれをドラッグストアで買って帰ること」
私は神妙な面持ちで頷いた。
「理緒は彼氏はいるの?」
「いないよ。いつも不毛な片想いばかりで」
私の返事に香澄は、
「じゃあ、これを機にできちゃうかも?」
と笑った。私は自分に自信がないせいか、なかなか恋愛に積極的になれない。でも、イメチェンしたら変われるだろうか。恋できるだろうか。
ちょっとドキドキしてきた。
一瞬鈴木を思い出して、頭を振る。
鈴木には彼女がいるし、ただの同期。
「香澄は彼氏いるの?」
「うん。大学の時から付き合ってる彼がいる。遠距離だからちょっと大変」
「そうなんだ」
「でもお互いの気持ち次第だよ」
そう言った香澄は恋する乙女の顔をしていた。本当に彼が好きなんだろうな。
「じゃ、美容室行こう。私はクッキーのお散歩がてらついていくけど、そのまま帰るから」
香澄に案内された美容室は自分では行かないようなオシャレな美容室だった。
「月曜日、会社で会えるのが楽しみ~!」
香澄にそう言われて背中を押され、私はドキドキしながら雑誌を手に美容室に入った。