MR(医薬情報担当者)だって恋します!

 帰り道をどう帰ったのか分からない。
 アパートに着いて、まず何をしたらいいか考えた。鈴木はああ言ったけど、沢野先生のことを言いふらしたりしないはず。そう思っても不安になった。鈴木にメールだけしようと思った。

『お願い。返事、一週間待って』

 そして、スーツを脱いでシャワールームに入った。
 シャワーの音が遠くで聞こえる。
 自分に今日何が起こったのか。思い出して震えた。
 沢野先生の告白と深いキス。そしてプロポーズ。未だに信じられない。沢野先生はどうして私との未来を考えたのだろう。分からない。でも、ちゃんと答えを出さないと。
 そう。プロポーズされたことが一番衝撃的なはずなのに。
 私は手の震えを押さえようとした。
 でも、鈴木に掴まれた感覚が未だに残っている。
 鈴木。
 私の知らない鈴木だった。
 低い大きな声も、苦悩と悲しみに満ちた顔も。
 鈴木はいつも笑顔で、どこか頼りなくて、男っぽくなくて、だから私の中で安全な存在で。酔って口づけされたけど、それは酔っていたからで。
 でも今日は違う。鈴木はシラフで。
 獣のようなキスは、鈴木は男なんだって、思いたくないのに思わされた。

「鈴木……友達やめるなんて、言わないで……」

 私は気がついたら泣いていた。
 どうして二人とも今の関係を壊そうとするんだろう。
 やさしくて癒してくれた沢野先生。沢野先生の部屋での時間はかけがえのない時間だったのに。
 鈴木。営業の合間のおしゃべり。一緒にしたゲーム。気の合う友達ができたって嬉しかったのに。
 こんなの望んでない。
 私は泣き疲れてシャワーを止めて、頭をタオルでゴシゴシ拭いた。鏡に映る私は全然魅力的に見えない。

「馬鹿! 馬鹿!」

 誰にぶつけていいか分からない怒りと悲しみを私は口に出して、鏡の中の自分に放った。
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