MR(医薬情報担当者)だって恋します!
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「先生、処方どうですか? 必要としてる患者さんいますか?」
エレベーターから出てきた腎臓内科だったはずのドクターに声をかける。珍しく歩く速度を落としてくれたので、私は嬉しくなって医局までの廊下をついていった。
「んー、いるはいるよ」
「処方、お願いします、先生。弊社の薬は糖尿病性腎症の患者さんのQOLを改善するエビデンスがあります」
頭を下げてお願いしたときだった。
「処方したら鈴木さんは何してくれんの?」
え? と思った。
「……薬の新しい資料などをたくさん持ってきます」
私は無理やり笑顔を作ってそう言った。
「そういうことじゃなくて、だねえ」
嫌な目だ。女を値踏みするような。
さっき鈴木君がエレベーターホールにいたはず。聞こえてると嫌だな。
「鈴木さん?」
手を取られて私はびくりとした。
「そんなに驚かないでよ~。手を握っただけじゃん〜」
その直後だった。
「鈴木さん! 今野さんが呼んでたよ!」
頭の上から声がして、ドクターは慌てて私から手を離した。
「す、すみません。失礼します」
ドクターに深々とお辞儀をしていると、その私の腕を鈴木君が掴んだ。
「ちょっと、何? 今野さんどこ?」
鈴木君は黙ったまま腕を離さずに階段を下りだした。
「鈴木君、何なの? 放して」
「本当は今野さん、呼んでなんかいない」
「じゃあどうして?」
私は訳が分からず鈴木君から逃れようと腕を振る。
「話は後。もう十時過ぎてるし、一度会社にもどんなよ。先生たちもほとんどいないよ」
「わかったから手を離してよ」
私たちは無言のまま病院を出て、駐車場まで歩いた。
「あんな営業、おかしくない? 先生だからセクハラも許すの? それが処方のとり方?」
「あんな営業って何? セクハラなんて毎回のことだよ。女のMRってだけでなめられてるんだからさ。男の鈴木君にはわからないよ」
「……あんまり人がいない時に一人で営業しない方がいいんじゃないの?」
鈴木君が前を向いたまま言った。声がいつもより低い。なんだか機嫌が悪いのだろうか。
「他のMRがいない時がチャンスなのに?」
鈴木君は私の言葉に、私の方を向いた。眉間にしわが寄っていた。
「それ、わざと?」
「何が?」
急に話題を変えられて私はついていけない。
「見えそう」
「何が?」
「……谷間」
鈴木君は言いにくそうに言った。私は反射的に残された手で襟を寄せた。
「ど、どこ見てんの!」
「それでお辞儀するんでしょ? 見えるんじゃない?」
私は鈴木君の手を振り払うと、狼狽えながらシャツのボタンを一つとめた。窮屈なのもあるし、同期の女子も二つボタンを外していてそれがこなれた感じでいいなと思って真似してみたのだ。
「鈴木って基本女の自覚がないよね。危ないよ?」
私は鈴木君の言っている意味が分からなくて、彼を睨んだ。
「それとも分かってて処方とるためにそんなことしてるの?」
私は鈴木君の言葉に頭を殴られたようなショックを受けた。思わず涙目になる。
「そんなわけないじゃん! 酷いよ!」
鈴木君は困ったように私を見下ろした。
「私だって好きで女なわけじゃない!」
「なんでそんな風に思うの?」
「鈴木君にはわからないよ! 同じ名前、同期なのに、鈴木君は先生と個人的に仲良くなって。処方も出るよね! 私だって一生懸命やってるのに!」
最近気になっていることだった。思わず口にしてしまった。鈴木君は澄んだ目で私を見つめた。
「一生懸命やってるならいいじゃん。あんたはあんたで、俺は俺。あんたも仲いい先生、最近いるじゃん。それは鈴木が頑張ってるからでしょ? 男も女も関係ない」
鈴木君の言葉に私は彼の目をただただ見返した。
「でも、鈴木君が言いだしたことでしょ? 女って」
「それは、女なのには変わりないんだから、少しは自分を大事にしなってことで」
「は?」
「先生も男だし、俺も男だし」
「意味が分からないんだけど」
「ま、気をつけなってこと」
ふいと鈴木君が目を反らした。
「もしかして心配してくれてるの?」
私の言葉に、鈴木君は瞳をうろうろさせて、頬を長い人差し指で掻いた。
「まあ、一応女だからね」
「……それは、どうも」
私たちはしばらく無言で駐車場の中を歩いた。
「今野さんは?」
「十時半に今野さんの車の前で待ち合わせしてる」
「一人で大丈夫?」
「だ、大丈夫だけど?」
「ならいい。じゃあ、また」
鈴木君は言って自分の車の方へ歩いて行った。私は複雑な気持ちで一人、今野さんを待った。