鬼同期が家だとオカンだったし、その後スパダリに進化した
「立花さん、これ使って」


 差し出されたのは温かいタオルだった。たぶん給湯室で用意してくれたんだろう。

 ありがたく受け取って顔に当てる。

 長谷川が貸してくれたハンカチはカバンにしまった。洗って返そう。


「それ、使い捨てタオルだから使い終わったら捨てておいてね」

「はい……ありがとうございます」

「痴話喧嘩……って感じじゃなかったわね」


 戸部先輩は淡々と言った。

 特に心配そうな感じじゃなくて、むしろそれがありがたい。


「なんか、自分でもよくわからなくて」

「立花さん、自分のことに疎いから」

「えっ」


 タオルを外すと、戸部先輩はくすくす笑っていた。


「丹沢くんがあんなに頑張ってアピールしてたのにスルーしてたし」

「してましたか?」

「してた。当時丹沢くんにすごく愚痴を聞かされたもの」

「す、すみません……」


 そうだったのか。

 少し前に丹沢先輩からさらっと言われたけど、そんなにだったんだ……。


 だからって、今さらどうとかないんだけど。

 少し冷めてきたタオルで顔を拭き直してから、カバンに突っ込みっぱなしだった旅行用の化粧水と乳液を取り出して顔に塗っていく。

 棚には化粧直し用の一式を入れてあるから、ささっと顔を作った。


「大丈夫そうね」

「はい。大丈夫です」


 戸部先輩と執務室に戻ると、長谷川が寄ってきた。

 私の顔を見て、長谷川は小さく頷く。


「立花、昨日頼んであった資料できてる?」

「できてる。印刷するよ」


 資料を印刷して、長谷川の席に向かった。

 長谷川の隣に腰を下ろし、並んで資料の内容を確認していく。いくつか追記を頼まれたのでメモを取り、ついでに期限も確認する。


「長谷川、あと気になる箇所ある?」

「ない。助かった……あのさ、立花、今日って早く上がれそう?」

「う、うん」

「なんか用事ある?」

「ないけど」

「じゃあ、一緒に飯食いに行こう」

「え?」


 ごはん?

 食いにってことは、いつもみたいに一緒に作るとか、長谷川が作ってくれるとかではなく?


「……うん、行く」

「立花と行きたい飯屋があるんだ。うまいから、楽しみにしといて」

「う、うん?」


 長谷川は今までになく嬉しそうに笑っていて、少しはにかんだその表情に、私はどんな顔をすればいいのかわからない。


 ただただ、たまらなく泣きたかった。
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