八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜
年下の彼とロマンスの不祥事
※
あれから三年。
私。牧野瞳子は、菱一証券 静丘支店 第1営業部に所属している。
主に小口の個人の顧客を担当していた。今年からチームのリーダーを任されている。
だけど、個性的なメンバーに囲まれて……。
チーム業績はまずまず、個人の成績は低迷中。
冬のボーナス査定に向けて、ぼちぼち成果を上げていかないとならない。
朝から頭の中では今日の予定がぐるぐると回っている。午前中に既存顧客への訪問が一件。その後はチーム員との面談。午後には新規顧客とのアポイントも入っている。
(今日も忙しくなりそう)
冷たい風が吹くのに、空にはクリアなブルーの世界が広がっていた。吐く息は白いけど、冬晴れの空はどこまでも高く澄んでいる。
私はコートの襟元を少し整え、鞄を持ち直した。
コツコツとパンプスのリズムに乗りながら、今日も一日頑張ろうと気合を入れた。
その時だった。
「危ないっ!」
私は右腕を掴まれて後方に引っぱられた。そのはずみでパンプスが地面にひっかかり、身体が大きく傾く。
「きゃっ……!」
倒れる!──そう思った瞬間だった。
私の腕を掴んだ人物が、待ち構えていたかのように身体を支え、そのまま抱き抱えてくれた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
顔を上げてみたら、それは私のチーム員である朝倉祐二であった。
三年前、私の前に現れた朝倉くんが、新入社員として私の部下になったのだ。
──あれは今年の四月。
「今日から牧野くんのチームに配属になる朝倉祐二くんだ。将来有望のルーキーだからね。頼んだよ」
そう奈良課長から頼まれたのが朝倉くんだったから、私は目を見開いて驚いたんだ。
「……朝倉様?」
動揺して、つい顧客名で呼ぶ私に、
「今日からは瞳子さんの配下ですので、朝倉、で構いませんよ」
そう言って微笑んだ。
瞬きができないくらい見入ってしまう。彼の笑顔はものすごく綺麗だった。
──そして、現在。
「瞳子さん?」
朝倉くんに呼ばれて私は、はっと我に返った。
見上げれば首を痛めそうな長身。
抱かれた体幹に触れた瞬間、しっかりとした筋肉の持ち主だとわかった。
以前、顧客として会った時よりも身体が大きくなったように感じる。
しかし男臭さは一切ない。
陶器肌に切長の奥二重、すっとした鼻梁が韓流スターを連想させるからだ。
整いすぎた顔立ちなのに、笑うとどこか柔らかい。
(朝倉くんは、今日もかっこいい……)
私の手の届く場所にはいない人間。
それが私の中の朝倉くんのイメージだった。
そんな人に今、抱き抱えられている。
ふと、掴まれた腕に頬が赤らんでしまう。
「朝倉くんっ、なぜ引っ張るの?」
私が少し困って尋ねると、朝倉くんは真顔で前方を指差した。
首を回して確認すると、目の前には忙しい朝の余裕がない車たちがビュンビュン走っていた。
「……え?」
ほんの数歩先は車道。
私は信号が赤なのに気づかず、そのまま進もうとしていたらしい。
(あっ、轢かれるところだった!)
一気に血の気が引いた。
遅れて心臓がドクンドクンと激しく鳴り始める。
(危機一髪。朝倉くん、ヒーローそのものじゃないの!)
私は本気で胸を撫で下ろしたいけど、胸の鼓動が鳴り止まない。
「歩く時はしっかり前を見てくださいね」
朝倉くんはそう言いながら、なぜか私の腕を離さない。
むしろ肩に手を回してきそうな勢いだ。
ここは会社に近い大通り。
出勤している同僚もたくさんいる。
ちらちらとこちらを見る視線まで感じてしまう。
「……朝倉くん、危ないところをありがとう」
私は微笑みながら彼の腕から離れた。
そして左に一歩だけ移動して彼との距離を保った。
「瞳子さんを助けるのも僕の務めですから」
朝倉くんは爽やかな笑顔を見せながら、私が離した分の距離を詰めてきたのだ。
思わず、私たちの距離を目で測ってしまう。
近い。
やっぱり近い。
これです、これ。
私がチームを上手くまとめることができない理由。
朝倉くんは私への距離の取り方がバグっているのだ。
「朝倉くん、少し距離を保ってね。あまり近いと勘違いされるわ」
嫌味にならないよう上司の余裕を持って伝える。
でも朝倉くんには通じない。
「別に勘違いされても構いません。僕は瞳子さんを尊敬していますし、むしろ光栄です」
(そういうことを簡単に口にするんだから)
私もどうしたら良いのやら、目が泳ぐ。
「でも私たちの場合、私がセクハラで内通されるわ」
「え?」
「七つも年上だからね」
朝倉くんは静丘支店の大ルーキー。
ルックスもこれだからモテるんです。
嫉妬をされて上司が迫っているとコンプラ対策室に通報でもされたら、私の夏の賞与は絶望的だ。
それに、私はチームリーダーになったばかり。
部下との距離感を間違えるわけにはいかない。
なのに、この朝倉くんという男は平然としている。
「瞳子さんが僕を受け入れてくれれば、なんの問題もありません」
真っ直ぐな瞳で私に気持ちを伝えてくるから、ものすごく困るんです。
冗談なのか、本気なのか。
それすら判断できないほど、朝倉くんはいつも真っ直ぐ私を見る。
だから、それには反応はしないように心がけている。
「青になった。行こう」
私は逃げるように横断歩道へ足を向けた。
「はい!」
隣から聞こえた明るい返事に、思わず苦笑してしまう。
彼が私の配下となり十ヶ月。
私の調子は朝倉くんに狂わされっぱなしです。