八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜



「ミラーハウスってなんでしょう?」

パンフレットの地図を見て、朝倉くんが首を傾げる。
アイスクリームを食べ終えて、次のアトラクションを決めていた時だった。
私がお勧めしたミラーハウスを、彼は知らないようだった。

「部屋に設置された鏡で迷路が作られているの。迷路は簡単な道順だけど、四方を鏡が反射しているから、簡単に出口が探せないのよ」

私は迷い込んだ様子を身振りを交えて教えた。

「なるほど。まるで異世界のようですね。面白そうです」
「うん。行こう」

二人で自然と手をつなぎ、ミラーハウスへと向かった。

入り口で私が先に一歩前に出た。
後ろにいる朝倉くんに振り返る。

「私の後についてきてね」
「それなら迷うこともないですね」

彼は自信たっぷりに笑みを浮かべる。

「どうかな」

ミラーハウスを知らない朝倉くんは、余裕の表情だった。
目の前の人がふっといなくなる──その不思議な光景を知っている私は、彼の驚く反応を楽しみにした。

「では、出発」

私まで子供のような笑みを浮かべていた。

中へと歩みを進める。
早速、四方の鏡に自分と背後に立つ朝倉くんの姿が映し出された。

「うわー。僕たちがたくさんいる! すごい!」
「ねっ。分身の術みたい」

二人ではしゃいでいた。
そして、私は手を使いながら鏡の隙間を探し出し、次のルートへと進んだ。

「あれ、瞳子さんの姿が消えました! こんな一瞬で⁈」

朝倉くんの感嘆の声が響く。

「えーっと、瞳子さん、どこですか?」
「ここよ。ここ」

そう声をかけて、私は顔をひょいっと出した。
すると朝倉くんを囲む鏡に、無数の私が映し出された。

「うわっ、瞳子さんがたくさんいる!」

朝倉くんが驚いた表情で周囲を見回した。

「また一気に消えるわよ。ほいっ」

私が顔をひっこめると、奥から「瞳子さんがいない!」と朝倉くんが寂しそうな声を出す。

「ふふっ」

私も面白がって、出たりひっこんだりを繰り返した。

「そろそろ先に進もう。朝倉くんも早く来て」

私は手で進路を確かめながら前に進んでいった。

「瞳子さん、どこですか? 瞳子さん!」

朝倉くんが必死に私を探す声が聞こえてくる。

(慣れないと道を探すのは難しいかな⁈)

それでも、彼は大人だ。
そのうち私に追いつくだろうと、私は足を止めなかった。

ほんの一、二分が経過した。
私はふと足を止め、後ろへゆっくりと振り返る。

(朝倉くん……遅いな。声も聞こえなくなったけど)

私はその場でじっと耳を澄ました。
だが、彼がやってくる気配がまったくしなかった。

「っ!」

(何か、あった⁈)

ここでようやく、私は何かがおかしいと気がついた。

「朝倉くん⁈」

返事がない。
急いできた道を、手探りで引き返していった。
あるミラーを曲がった時だった。
ミラーの壁に手をつき、膝をついている朝倉くんが目に飛び込んでくる。

「どうしたの! 大丈夫⁈」

駆け寄って、朝倉くんの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

彼が顔を上げると、顔面は蒼白で、呼吸が促迫していた。
肩が上下し、普通でないことがわかった。

「苦しいの⁈ 息を吸える?」

彼の脇から腕を入れ、なんとか引き起こそうとした。

「瞳子さん……どこにも行かないで……」

弱々しい声で懇願する。
それが朝倉くんから発せられたとは思えないほどだった。

「……っあ!」

今度は、はぐれた親と再会した迷子のように、私にしがみついてきた。

「朝倉くん……」

こんな彼を見たのは初めてだった。
私まで手が震えそうになり、どうにか彼を受け止めた。

その時、私のコートの袖を皺になるくらい握りしめる朝倉くんの手が見えた。
私の視線が彷徨った。
見たことのある光景──。

私は、そっと彼の後頭部を優しく抱えた。
そして、ゆっくりと髪を撫でた。

「ごめんね、怖かった? 私が一緒について歩くから、もう安心だよ」

彼を落ち着かせようと、私も声が震えないように頑張った。

「ありがとう……瞳子さん」

今にも泣き出しそうな朝倉くんの声。
私のコートの袖を掴む力は、緩むことはなかった。

彼を支えながら、なんとか出口に辿り着く。
私たちは無事にミラーハウスから抜け出すことができた。



「もう平気です。僕は閉所恐怖症かもしれませんね」

そう言って、朝倉くんが上体を起こした。
彼が貧血を起こしたので、ベンチで私に寄りかかりながら休んでもらった。

「ごめんなさい。私も調子にのってしまって」
「いいえ。僕も恐怖症があると知らなかったので、瞳子さんは悪くないです。それより、仕切り直しに観覧車にでも乗りましょう」
「でも、あれも閉所よ?」

心配でそう言うと、朝倉くんは少し黙ってから、はにかんだ。

「観覧車は乗ったことがあるので大丈夫です」

私はすぐに返事ができない。
あんな姿を見てしまった後だから。

(彼には、知られたくない何かがある)

でも、それを聞くには、私は彼のことを知らなすぎた。

「……そう。では乗りましょう」

私はそっと笑みを浮かべることしかできなかった。
十五分間の観覧車では、朝倉くんが体調を崩すことはなかった。



私は聞けなかった。
多分、朝倉くんは閉所恐怖症ではない。
ミラーハウスで泣きそうな顔で呟いていた、あの言葉。

『どこにも行かないで』

掴まれたコートの袖口に視線を落とし、そっと触れる。
昔、熱を出して心細くなった時に、温もりを求めてきた李人を思い出した。

朝倉くんのあの言葉に、どんな意味があるのか、今の私にはわからない。
でも、今は彼に問い詰めてはいけない気がした。







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