八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜



「明日は仕事だから、早めに帰りましょう」

助手席から見る、夕焼けに照らされた朝倉くんの横顔。
今日は、ものすごくカッコよく見えてしまう。

遊園地ではしゃいで、ミラーハウスでは大変な目に遭って、最後は観覧車に乗った。
一日を振り返ると、私まで子供の頃に戻ったような気持ちになっていた。
そんな楽しかった時間が終わろうとしていることが、少し寂しい。

心の奥で、「もう少しだけ一緒にいたい」という欲求が生まれてしまうほどだった。
李人がいなくなった喪失感を、朝倉くんは宣言通りに埋めてくれている。

(今夜から一人になるけど、朝倉くんのおかげで寂しくないわ)

私は充足感に包まれながら、流れていく外の景色を眺めていた。

「あっ」
「瞳子さん、なんですか?」
「あの先の高原にあるプリンが絶品なの!」

興奮した私は、フロントガラスの向こうを指差した。

「山奥すぎて、気軽には買いに行けないんだけどね……」

昔、李人と一緒に買いに行った店があるのだ。

「引きこもっていた李人を連れ出すのに、いい口実になったの。美味しいスイーツがあるから、高原まで行こうって」

電波も届かないような場所なのに、プリンを目当てにたくさんの人が集まる。
広大な土地で育てられた鶏の、良質で新鮮な卵がプリンの味を最高級にしていた。

李人と一緒に食べた時のことを思い出すと、自然と頬が緩む。

「ではいつか、一緒に買いに行きましょう」
「……うん。そうね」

私はゆっくりと窓の外を向いた。

「今から行きましょう!」

そう言われるのを、どこかで期待していた自分がいた。

彼なら、そう言い出すと思った。
私と一緒にいたがっていたから……。

けれど、朝倉くんは明日の仕事を考えて、早めに帰ろうとしている。
つい期待してしまった自分が恥ずかしくなり、私は俯いた。

(私、己惚れている)

明日の仕事に向けて時間を管理する朝倉くんのほうが、よっぽど大人だ。


気がつけば、最寄り駅の付近まで来ていた。
私は周囲を見回してから、口を開く。

「朝倉くん、ここで下ろしてもらうわ」

シートベルトに手をかけると、彼が私の手を押さえた。

「何?」

「自宅まで行きますので」

そう言って、彼は私の手を膝の上へ戻した。

「悪いわ。朝倉くんとは方向が違うもの」

「瞳子さんと同じです」

どこか余裕を感じさせる横顔。

「通勤は違う方面から来ているじゃないの」

「……それはどうでしょう」

朝倉くんが、意味ありげな笑みを浮かべた。
その言い方が妙に引っかかったけれど、私は深く考えなかった。
自宅前に到着すると、彼は私のマンションの駐車場に車を止めてしまった。

「ここは住人専用の駐車場よ!」

私が注意をしても、朝倉くんは意にも介さない。

「瞳子さんが心配することはないです。さあ、降りて」

ドアを開けて、さっさと車から出てしまう。
慌てて私も車から降りた。

「ちょっと、自宅まで来る気?」

「ええ。そうです」

ピピッと車のロックがかかる音が聞こえた。

たしかに私は、李人が留学したら恋人の戯れを解禁すると伝えた。
だけど、今日は李人の引っ越しで部屋は散らかっている。
それを見られるのは、女性としてとても恥ずかしいことなんだ。

朝倉くんには伝わらないかもしれないけど。

「待って!」

スタスタと歩いていく朝倉くんを引き止めるように、私は真横についていった。

「いきなりは来ないでほしいわ。片付いていない部屋を見せるのは気が引けるのよ」

エントランスに入ろうとする朝倉くんの腕を掴んでそう言った。
だが、朝倉くんは余裕の表情で答える。

「僕も、自宅に帰るんですよ」

「……自宅?」

その言葉に、私は眉を寄せた。
朝倉くんはポケットから何かを取り出し、私の目の前に掲げた。

富士山のキーホルダーがついた鍵。

私の目が点になる。

「それ、李人の自宅の鍵じゃないの!」

李人と朝倉くんは、留学費援助の代わりに自宅の部屋を貸すという口約束をしていた。
でも、それはあくまで李人が留学した後の話だと思っていた。

「まさか……うそっ」

「今日からここが僕の自宅です」

「で、でも、何も揃ってないから」

「僕が無計画に、ここに来たと思いますか?」

その自信満々の言葉に、私は言葉を失った。

龍彦の浮気現場を二人でいるときに目撃した。
豪雨の中、都合よく空いていた一部屋のペンション。
そして、李人が留学して空いた部屋──。

思い返してみれば、朝倉くんはいつだって、私が思うより先に準備をしている。

「善は急げ、ですよ。瞳子さん」

朝倉くんは楽しそうに笑った。
私は廊下の先に視線を移した。

「まさか……」

急いで自宅前に駆け込み、鍵を開けて中に入った。
そして、李人の部屋の扉をバンッと開けた。

李人の私物は留学先に送り、部屋はガランとしている。

  ──はずなのにっ!

目を見開いて、部屋の隅々を見回していく。

クローゼットには、スリーピーススーツや上品な洋服がかけられている。
デスクにはパソコンが数台並び、小難しそうな書籍が積まれていた。
壁には、この家には似つかわしくない現代アートの絵画まで飾られている。

まるで、最初からここで暮らすことを決めていたかのようだった。

背後に立つ朝倉くんの気配。
私はゆっくりと振り返った。


「朝倉くん……引っ越してきたの?」







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