八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜
この結婚はロマンスの定め




「瞳子さん、大丈夫でしたか?」

 息も絶え絶えなのはお互い様なのに、真っ先に私を気遣ってくれる。
 そんな彼のことが、大好きで仕方がない。

 私は彼に覆いかぶさるようにして脱力し、そのまま身体を預けていた。彼の腕に抱かれながら、今しがたまでの余韻をかみしめる。

「こんなこと……瞳子さんとできるなんて、夢みたいです」

「悪いことだった?」

「刺激的で、最高でした」

 そう言って、彼は私の背中を優しく撫でてくれた。

(朝倉くんを、こんなにも愛おしいと思えるなんて……)

 幸せすぎる状況に、私たちはしばらく惚けていた。

「ねえ、『祐二』って呼んでいい?」

 ふと思いついて、私は彼に尋ねた。

「結婚するのに、いつまでも『朝倉くん』じゃ、おかしいよね?」

 何気なく口にしたつもりだった。
 けれど、彼の返事には妙な間があった。

「……『朝倉くん』のままでいいですよ」
「え?」

 まさかの返答に、冗談だよね、と彼の胸元から顔を上げる。
 けれど、彼の表情はいたって真面目だった。

「夫のことを姓で呼ぶのは、おかしいわよ」

「……しばらくは、そのままでいいですよ。僕は瞳子さんからそう呼ばれるのが気に入っていますから」

 そう言って、彼は軽く笑った。

(何かを隠している?)

 直感的にそう感じた。

 朝倉くんは、本来なら素直で正直な人だ。そんな彼が、自分の名前で呼ばれることを避けるのには、何か理由があるのだろう。
 
 でも、私はそれ以上聞かなかった。
 彼の胸元に顔を戻す。

 これ以上、私から踏み込んではいけない気がした。

 完璧に見える彼にも、きっと弱いところがある。それが過去のトラウマに関わることなら、うかつに触れてはいけない。

 私の大事な人。
 守ってあげたい人。
 なのに、私は何もしてあげられない。

 そう思うと、急に申し訳なくなった。
 私は彼の身体を強く抱きしめた。

「瞳子さんが心配するようなことは、何もありませんよ」

 そう言って、彼は優しく私の髪を撫でてくれる。

「また私の心を読んだのね」

「瞳子さんは素直な人なので、分かりやすいです。そこがまた可愛いです」

 朝倉くんは、私の髪をさらさらと指で梳きながら、幸せそうに微笑んだ。
 そんな彼を見て、私は本当に幸せ者だと思った。
 こんなに素敵な人が私を愛してくれるなんて、少し前の私なら想像すらできなかっただろう。
 胸が熱くなり、涙が滲んだ。

 お父さん、お母さん。
 あなたたちが、朝倉くんと私を結びつけてくれたのね。
 私一人では、彼を見つけることなんてできなかった。

 本当にありがとう。

 もし二人が生きていたら、きっと喜んで祝福してくれただろう。

「……朝倉くんを、両親に合わせたかったな」

 思わず、そんな言葉が口からこぼれた。

「それなら、これから会いに行きましょうか」
「え?」

 私は再び彼の胸から顔を上げた。
 朝倉くんは優しく微笑んでいる。

「瞳子さんのご両親のお墓参りに行きましょう」

「……来てくれるの?」

「もちろんです。いつ結婚の報告に行こうかと、ずっと考えていました」

「あ……ありがとう。嬉しい」

 朝倉くんの心遣いが、何よりも嬉しかった。


※

 自宅から車で三十分。
 私たちは、群青色に染まる広大な駿河湾と、雪を頂いた富士山を見渡せる高台にある霊園に来ていた。

 ここに、私の両親が眠っている。
 仏花とお線香を供え、朝倉くんと並んで手を合わせる。

 目を閉じていると、隣から彼の声が聞こえてきた。

「初めまして。朝倉祐二と申します。この度、娘さんの瞳子さんと結婚することになりました。僕は一生をかけて瞳子さんを幸せにします。どうか見守っていてください」

 私の両親へ、結婚の挨拶を言葉にして伝えてくれた。
 その誠実さが嬉しくて、思わず涙腺が緩んだ。

(この人を……いつまでも大切にしたい)

「朝倉くん……ありがとう。両親も喜んでいると思うわ。『あなたなら安心だ』って」

 朝倉くんが目を開け、私を見る。

「もしご存命なら、こうして直接、結婚の報告をするわけですからね。僕も、ご両親に挨拶する機会をいただけて嬉しいです」

 こんなに優しい人が、私の夫になる。
 それだけで胸がいっぱいになり、頬を伝った涙を指で拭った。


 お参りを終えると、私たちは霊園の見晴らし台へ向かった。
 朝倉くんは、雄大な富士山を眺めながら珍しく無口になっている。
 私もそっと彼の隣に並んだ。

「美しいわね」
「ええ、とても……」

 彼はしばらく富士を眺めたあと、私に尋ねた。

「瞳子さんのご両親は、どんな方だったのですか?」

 胸がきゅっと痛んだ。
 けれど、優しかった両親のことを思い出すと、自然と言葉が出てきた。

「私たち姉弟を平等に愛してくれた親だったわ。私と李人は年が離れているから、忙しい両親に代わって、私が弟の世話をしていたの」

 私は両親との思い出を一つずつ話した。

「そんな私に感謝して、いつも褒めてくれた。それに、李人が寝た後には、私と両親だけの時間も作ってくれたの。だから、たわいもない話もたくさんしたわ。自分だけ甘えることができないって、悲しくなることもなかった」

 正直にそう伝えると、朝倉くんは一瞬だけ目を閉じ、顔を伏せた。

「やはり……瞳子さんのご両親ですね。素晴らしい方たちです」

 なぜ、そんな顔をするのだろう。
 私は、今度は朝倉くんの話を聞きたくなった。

「朝倉くんのご両親は、どんな人なの?」

「……あまり、いい話ではありません。瞳子さんから見たら、どうしようもない人間に映るでしょう」

「それは、朝倉くんから見たご両親でしょう?」

 私は彼の顔をまっすぐ見つめた。

「私も知りたいの。愛した人のご両親のことだから」

 彼は目を瞬かせ、しばらく言葉を探すように逡巡していた。
 やがて再び富士へ視線を戻すと、ゆっくりと話し始めた。

「母は、父のことが大好きだったそうです」

 静かな声だった。


「しかし、父は私が生まれる少し前に、ボートで事故死しました。その時、浮気相手の女性も一緒だったそうです」






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