八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜




「瞳子さん、寝ましょう」

 その日の夜、自室で明日の仕事の準備をしていた私に、朝倉くんが声を掛けてきた。

「明日の仕事の準備をするわ。先に寝ていて」
「僕たちは昨日からまともに寝ていませんから、瞳子さんも早く寝室に来てくださいね」

 そう言って、彼は軽くキスをして寝室へ戻っていった。

 私は彼が寝室に入ったのを確認してから、自室のドアをゆっくり閉めた。

 机の引き出しを開ける。
 取り出したのは、黒川さんが忘れていった美麗さんの薬剤情報提供書だった。
 その端には、黒川さんの電話番号が記されている。

 私は少し迷ったあと、それを鞄の中へ入れた。

(私も朝倉くんのために、使えるカードを使うしかない)

 彼を守るために、今の私にできることをしなければならない。

 そう心に決めた。

※

 翌日。

 二人そろって休んだことで、出社した私たちは水谷さんと三田さんからさっそく総攻撃を受けた。

「昨日は何やっていたんですか? 突然の有給取得なんて、牧野さん初じゃないですか。まさか、いけないことにふけっていたとか?」

「水谷さん、変態すぎ。きっと二人で結婚式の打ち合わせですよね? 私、朝倉くんの親族を見たいです。絶対、太い実家ですよね?」

 野次馬根性の逞しい二人に驚かされ、私は目を丸くしたまま、しばらく言葉が出てこなかった。
 けれど、隣にいた朝倉くんは落ち着いていた。

「僕らの結婚式は未定です。昨日は二人で急に休暇を取得して、ご迷惑をおかけしました。その分、本日の債券販売は全力を尽くして、チームに貢献しますね!」

 水谷さんの冷やかしも、三田さんの好奇心も、見事に仕事の話へすり替えてしまった。

「うわー、ありがとう! やっぱり朝倉くんはうちのチームの救世主だよ!」

 ほら、もう二人とも仕事の話に食いついている。
 本当に、朝倉くんの話術は末恐ろしい。

「……朝倉くん、ありがとう」

 私は隣のデスクから、小さな声で礼を言った。

「瞳子さんは、なんの心配もいりません」

 そう言って笑う彼を見ていると、胸が痛んだ。
 こんなに私を想ってくれている朝倉くんに、私はこれから秘密を作ろうとしている。

 それでも──。

(朝倉くんと私の未来のためにも、必要なことよ)

 私はそっと唇を引き結んだ。



「今日はランチミーティングなの。ちょっと行ってくるわ」

 昼休みになり、私は何気ない顔で上着を羽織った。

「そうですか。いってらっしゃい」

 朝倉くんはにこりと笑い、再び書類へ視線を落とす。
 私は一瞬だけ彼を見つめ、それから足早に居室を出た。



 私は指定された喫茶店へ、小走りで向かった。
 職場から少し離れたビルの中にある、昔ながらの喫茶店だ。ナポリタンやクリームソーダが、今も人気らしい。
 木の重厚な扉を開くと、上部につけられた鈴が軽く鳴った。

 店内を見回すと、すぐにあの人が視界に入った。
 私はそのテーブルへ向かって歩いていく。

「お待たせしました。牧野です」

 軽く頭を下げて顔を上げると、目が合った。

 美麗さんの執事──黒川さんと。

 私は朝倉くんには内緒で連絡を取り、黒川さんと会う約束をしていた。





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