八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜




「見せたくない、写真?」

 イケメンで完璧に見える朝倉くんに、門外不出の写真があるなんて信じられない。

「ど、どんな写真なんです?」

「富士山に登頂した時の記念写真です」

 黒川さん自身も不思議そうに宙を見つめた。

 そういえば、朝倉くんは以前、自分で富士登山の経験があると言っていた。
 でも、登頂記念の写真が、なぜ他人に見られたくないものになるのだろう。

「そんな記念写真を嫌がって、倉庫の奥に葬ってしまったのです。わたくしにも、なぜそこまで嫌がるのかは分かりません」

 黒川さんが首を捻る。

「なぜ嫌がるのでしょうか? あんなに感動的な場所なのに」

 私も首を傾げる。
 黒川さんも思い当たることがないらしく、困ったように頷いた。

「素敵なお顔でしたよ。実際、祐二さまは富士登頂を機に、逞しい男性へと変わられたのですから!」

 私はその言葉に引っかかった。

「富士登頂が、朝倉くんの変わったきっかけ……?」

 私は、朝倉くんは昔から今の朝倉くんだったのだと思っていた。

 仕事ができて、頭の回転が速くて、何事にも動じない。
 けれど、それは違うのかもしれない。

「祐二さまは、美麗さまから十分な愛情を受けられなかった影響か、思春期に部屋へ閉じこもってしまったんです」

 当時を思い出したのか、黒川さんがハンカチで目頭を押さえた。

 私は何度も頷いていた。
 その気持ちが、痛いほど分かる。
 両親がいなくなったあと、李人も部屋に閉じこもってしまったからだ。
 家族だからこそ、どうすればそこから出してあげられるのか分からない苦しさも知っている。

 黒川さんは下瞼を一度拭うと、表情を引き締めた。

「わたくしも、このままではいけないと試行錯誤いたしました。そして、祐二さまの心身鍛錬にと、富士登山を思いついたのですっ!」

 黒川さんが拳を握り込む。

「富士登山……」

 私は目を見開いた。
 まさか。

 同じ悩みを抱えて、同じ方法を選んでいた人が、こんなところにいるなんて。
 私は思わず自分を指差した。

「私も一緒です! 引きこもりの弟を部屋から出すために、毎年、富士登山に連れ出したんですよ!」

「なんと奇遇な!」

「私、登山の途中でニュース番組のインタビューを受けたことだってあるんです!」

「それはまた、なんという偶然!」

 思いがけない共通点に、私たちはいつの間にか身を乗り出していた。
 さっきまで朝倉家の重い事情を話していたのに、今はまるで昔からの知り合いのように話が弾んでいる。

「つまり、わたしたちは大切な者を守るために、同じように努力を重ねてきた者同士なのですな!」

 黒川さんの瞳が潤んだ。

「はい!」

 私も力いっぱい頷く。
 黒川さんとは、意外なほど気が合った。
 すると、黒川さんがふたたび表情を引き締めた。

「では、わたしたちの願いは一つ。祐二さまをご実家に連れ戻すこと、でございますね?」

 希望を見つけたように、黒川さんの目が輝く。
 私も大きく頷いた。

「祐二さまの嫌がる手段かもしれませんが、背に腹は代えられません。どうぞ、昔の写真をネタに、祐二さまへ交渉してください!」

「えっ……」

 私は想像してみた。
 朝倉くんが、その写真を見られることを嫌がっている。
 だからといって、それを理由に実家へ戻るだろうか?

「でも……朝倉くんを連れ出すネタとして、昔の写真というのは少し弱くないかしら?」

 顎に指を置き、首を捻る。
 たった一枚の写真が、頑なに拒絶している実家へ向かう動機になるとは思えなかった。

「まあ……そうですよね。しかし、他に祐二さまを揺さぶる手段がありません」

 黒川さんも困ったように眉を下げる。

「ものは試しでございます。どうか、交渉をよろしくお願いいたします」

 テーブルに手をつき、深々と頭を下げられた。

「黒川さん……」

 私はその姿を見つめた。

(やれることは、なんでもやると決めた)

 なら、弱いカードでも使ってみるしかない。

「ええ……やってみます。私」

 世界を渡り歩き、自分の人生を切り開いてきた朝倉くんと交渉するには、頼りないカードかもしれない。

 それでも、今の私たちには、それしかなかった。
 ダメ元でもいい。
 彼を説得する材料として、使うしかなかった。






< 59 / 82 >

この作品をシェア

pagetop