八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜




「瞳子さん、お昼はどこで誰に会っていたのですか?」

 黒川さんと別れて会社に戻ると、エントランスのソファーに朝倉くんが座っていた。
 私の姿を見つけるなり、すっと立ち上がる。
 そして、私の行く手に立ちはだかった。

「銀行に用事があって……」

 私は短く答えた。

 すると、朝倉くんの顔がさらに険しくなる。
 腕まで組み始めた。

「十三時から十四時まで、時間休を申請していましたよね。この時間、一体何をしていたのでしょうか?」

 私は目を丸くして、それからじっと彼を見つめた。

「……スケジューラーで調べたのね」

 相変わらずの監視魔だ。

「当たり前です。瞳子さんが突然、理由もなくいなくなるんですから」

 不機嫌そうな顔をしている。

 でも、よく考えれば当然かもしれない。
 私は彼に何も告げず、秘密で黒川さんと会ってきたのだから。

(言うなら、今だ)

 私は表情を引き締めた。

「……実は、黒川さんと会っていたの」

「黒川と?」

 朝倉くんの腕が、ぱっと解かれた。

「なぜ、瞳子さんが二人で会う必要があるのですか?」

 さっきまでの不機嫌さとは違う。
 明らかに動揺している。

「来社された時、美麗さんが忘れ物をされてね」

 私は説明しながら、職場へ向かって歩き出した。
 すると、朝倉くんもすぐに私の真横についてくる。

「忘れ物を届けただけですか?」

「あと……朝倉くんを実家に連れてきてほしいと頼まれたわ」

「黒川もしつこい。関わるなと伝えたのに」

 吐き捨てるような言い方だった。

(そこまで母親を拒絶する理由は、いったい何なの?)

 私は足を止めた。

「瞳子さん?」

 朝倉くんも立ち止まり、私の顔を覗き込む。
 私はそんな彼を見上げた。
 口角が下がり、不満そうな顔をしている。

 だからこそ、私はあえて満面の笑みを浮かべた。

「朝倉家には、私一人で挨拶に行ってくるわ」

「……瞳子さん一人で?」
「そうなの」

 私はわざと間を置いた。

「だって、朝倉くんが絶対に見られたくない写真を、黒川さんに見せてもらう約束だから」

 その瞬間だった。
 朝倉くんの表情から、すっと色が消えた。

「…………なんの……写真ですか?」

 声まで微妙に震えている。

 これは、かなり心当たりがあるらしい。
 数秒、わざともったいぶってから答える。

「朝倉くんの、富士登山の写真よ」

「──────────」

 朝倉くんは瞬きもしなかった。
 ただ、私を見つめたまま完全に閉口している。

(やっぱり……無反応だわ)

 私は少し拍子抜けした。

(黒川さん、やっぱり写真はネタとして弱すぎたみたいです……)

 肩を落としかけた、その瞬間。
 朝倉くんの頬が、ピクリと引きつった。

「ダメダメダメッ!! ぜーったい、ダメです!!!」

「えっ?」

 突然、取り乱した朝倉くんが私の腕を掴んだ。
 顔はだいぶ青ざめている。

「それは絶対に見せません!!」

「……そ、そんなに見せたくない写真なの?」

 いつもは何が起きても冷静な彼が、たった一枚の写真でここまで動揺するなんて。
 黒川さんの言っていた通りだった。
 むしろ、ここまで必死になられると、怖いくらいだ。

(いったい、どんな写真なのよ! 逆に気になるじゃないのっ)

 朝倉くんは毛を逆立てた猫のように、私へ詰め寄ってくる。

「僕も一緒に行きます!」

「え?」

「だから、絶対にあの写真だけは見ないと誓ってください!」

「う、うん。わかった……」

 私は思わず頷いた。

(簡単に約束、取れちゃったよ……)

 あまりの呆気なさに、私のほうが驚いてしまう。
 ようやく朝倉くんが私の腕を離した。
 すると彼は胸元からスマホを取り出し、くるりと踵を返す。

「瞳子さん、先に戻ってください。僕は黒川に文句を言ってきます!」

「え、ちょっと……」

 呼び止める間もなく、朝倉くんはむすっとした顔でエントランスを出ていった。
 私は生返事をしながら、その背中を見送る。

(あの朝倉くんに、実家へ行くことを了承させた……)

 あまりにもあっさりしていて、拍子抜けしてしまう。

(さすが黒川さん。仕事ができる執事だわ)

 弱い交渉カードだと思っていた「禁断の写真」の威力は、私の想像をはるかに超えていた。

(焦っている朝倉くん、可愛かったな……)

 思わず頬が緩む。
 見ないと約束したけれど、黒川さんにお願いして、こっそり見せてもらおうかな。

 あれほど朝倉くんが必死になる写真なら、どんな顔で写っているのか、どうしても気になってしまう。

 何はともあれ、私たちは朝倉家へ結婚の挨拶に行けることになった。

 美麗さんが私たちの結婚を許してくれるとは限らない。
 それでも、私は筋を通したかった。

 そして、もう一つ気になっていることがある。

 美麗さんは、何か大きな問題を抱えている。

 美麗さんの側近である黒川さんが、あれほど必死になって私にメッセージを伝えてきたのだ。
 それを見なかったことには、どうしてもできなかった。

 きっと今の朝倉家では、私たちの結婚話よりも深刻な何かが起こっている。

 私はそう思いながら、朝倉くんが消えていったエントランスを見つめた。





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