八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜




黒川さんが美麗さんにガウンをかけた。

「僕にも感情がありますっ。すぐに母に関心を持つなど無理です!」

朝倉くんが強く首を振る。
声には怒りだけではない。これ以上、自分の心を傷つけられたくないという苦しさが滲んでいた。

「嫌いでもいいのよ。それを美麗さんにぶつけたっていい。一番やってはいけないのが、無関心なのよ」

「……無関心?」

「無関心は相手の心を殺すわ。ものすごく怖いものなのよ」

私は朝倉くんを見た。

私が一番、怖かったこと。
それは、実の親が生きているのに、まるで存在していないかのように振る舞うこと。

どれだけ憎んでも、怒りをぶつけても、相手が心の中にいるのなら、まだ繋がっている。
でも、存在そのものを消してしまったら、その人間はこの世にいる意味がなくなる。

「母親の存在を消し去る態度は、美麗さんの精神に傷を作っていた。だって、美麗さんは、生きている(・・・・・)のだから」

朝倉くんが、はっと私に振り返った。
言葉は発さない。

ただ、何かを深く考えているようだった。

「仲良し親子になんてならなくていい。距離を取りながらでも、美麗さんの存在は忘れないでほしい。ただ、それだけよ」

私は祈るように朝倉くんを見つめた。

無理に許さなくていい。
過去をなかったことにしなくていい。
ただ、もう一度だけ、美麗さんを一人の人間として見てほしい。

朝倉くんは目を瞑り、口を一文字に引き締めた。
しばらくして、ゆっくりと息を吐く。

そして目を開けたとき、その瞳には先ほどまでの迷いがなかった。

美麗さんへ静かに視線を向けた。
その顔にはまだ戸惑いが残っている。
それでも、もう目を背けてはいなかった。

朝倉くんは再び美麗さんの横に立った。
そして、母親に手を差しのべたのだ。

「……先ほどの暴言、すみませんでした。確かに、私は自分の立場しか考えていませんでした」

「……祐二」

あの美麗さんの瞳から、涙があふれ出した。
華奢な手が、息子の差しのべた手を握り返す。

朝倉くんは美麗さんを引き起こし、カウチへと誘導して座らせた。
居心地悪そうにしているのに、美麗さんの顔から目を逸らさない。

「これからは素直に助けを求めてください。母上は朝倉家の当主なんですから、家族の迷惑になることはしないこと。そこだけは注意してください」

それはまるで、子供を叱る親のようだった。
だけど、厳しい言葉なのに、どこか優しい。

叱られている美麗さんも、涙を流しながら少し嬉しそうにしている。

「私も兄と一緒に、母上を助けられる手段について考えてみますので」

朝倉くんの声が、少しずつ柔らかくなっていくのがわかった。

美麗さんの抱えていた苦悩を知って、これまで見ようとしなかった部分に目を向けようとしているのだと思った。

同時に、美麗さんも自分が息子に受け入れてもらえたと理解したのだろう。

あの彼女が腕を伸ばし、朝倉くんに抱き着いた。

「祐二っ、ごめんなさい!! あなたを苦しめて、本当に本当にごめんなさいっ……」

「僕は大丈夫です。母上も身体を一番にしてください。もうアルコールと薬に頼らないと約束してほしいです」

そう言って、母親の背中をさすってあげていた。

「ええ……約束する……頑張る」

美麗さんは声を上げて泣いた。
今までため込んだ毒を吐き出すような、切ない泣き方だった。

ずっと黙っていた黒川さんを見ると、涙で顔が濡れていた。
私はそっとハンカチを差し出す。

黒川さんは軽くお辞儀をして受け取ると、目元を押さえた。

みんなが頑張ってきた。
ここに悪者はいない。

(それでいいじゃないの)

美麗さんと朝倉くんが和解できたことが、ものすごく嬉しかった。
過去の傷が、今日一日ですべて消えるわけじゃない。

それでも、朝倉くんがこれから過去に捕らわれずに生きていけると思うと、安心から涙が込み上げてきた。

(私は朝倉くんを、夫を、守れたのだから!)

涙を指で拭き取った。
涙の跡は残っているけれど、心の中はとても清々しかった。

ここに来てよかった。
みんなが抱えていた問題を、少しずつ解決することができたのだから。
そして何より、朝倉くんが自分の意志で母親に向き合うことを選んでくれた。

それが、私は嬉しかった。
私はもう一度、涙を拭った。

今度は笑顔で。







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