八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜




「祐二さま、牧野さま。美麗さまを助けていただき、心から感謝を申し上げます」

黒川さんが私たちに深々と頭を下げた。

「黒川が母のそばに寄り添い続けてくれたおかげで、深刻な事態を避けることができた。感謝している」

朝倉くんが目を伏せ、感慨深げに微笑んだ。


私たちはリビングへと戻っていた。

あれから美麗さんは自室で休んでいる。
一気に疲労を自覚したという。

きっと、安心できたことで長年の疲れが出たのだろう。
今まで張り詰めていたものが切れたように、身体が休息を求めているのだ。

彼女には、安心して休める環境が必要だったのだから。

「今後は貴浩さまも交えて、話し合いの場を設けさせていただきます。それだけでも、美麗さまは心穏やかに休めるでしょう」

黒川さんの表情も明るい。

「では、改めて連絡を入れることにする。今日はここで帰るとします」

「はい。お気をつけて」

私たちはコツコツと足音を響かせながら廊下を歩いた。
踏み入れたときよりも、足音が軽く聞こえるのは気のせいではないと思う。

黒川さんがわざと忘れていった美麗さんの処方薬の説明書。
あれは、二人からの悲痛なメッセージだった。

それを見ないふりをして、自分たちだけで結婚に突き進むことは、どうしてもできなかった。

結婚を焦る理由。
親類の気配を一切感じさせない朝倉くん。

そこには、私には言えない闇があった。
その闇が少しでも晴れればいい。
そう思って、私は美麗さんと対峙することを決意したのだ。

(これでよかったんだ)

私は安堵に包まれていた。
隣を歩く朝倉くんの表情も、来たときよりずっと柔らかくなっている。

地下へと続く階段を降り、車に乗り込んだ。
入口からしか光が入らない薄暗い車内。
ドアを閉めると、外の気配が遠ざかった。

数時間ぶりに二人だけになったことで、張り詰めていた気持ちが一気に緩んだ。

「美麗さんの想いが知れてよかった。本当にここに来てよかったわね」

思わず、心の声が漏れてしまう。

「瞳子さんも、誰かに尽くす苦労を知っていた。だから、あの母の本音を見抜けたのです。すべて瞳子さんのおかげです」

「へへ。ありがとう。そんなふうに言われたら嬉しい」

胸の奥がくすぐったくなる。

すると朝倉くんが、私をじっと見つめた。

「瞳子さんは、自分の中身は空っぽだと自虐されますが、それは間違いです。今までの経験が瞳子さんを作り上げている。その魅力に、僕はすっかりはまってしまったんですから」

「朝倉くん……」

その言葉に胸が熱くなる。

次の瞬間、朝倉くんに背もたれのリクライニングを倒された。

「えっ?」

身体がシートに沈み、そのまま彼が私の身体に覆いかぶさってくる。

「朝倉くん……?」

「もう祐二(・・)、と呼んでも平気です。瞳子さんが、呪いを解いてくれましたから」

祐二、と呼んでいい――。

ずっとそう呼びたかった。
けれど、それを口にすることが、彼の過去を傷つけてしまうような気がしていた。
それが今、ようやく許された。

やっと好きな人を、名前で呼べる。
その事実が、じわじわと胸の奥に染み込んでくる。
私は一瞬、唇を噛み締めた。

そして、そっと呟く。

「……祐二。大好きよ……」

「あ……」

自分で名前を呼んだことが恥ずかしくなった。
けれど、その続きを言う前に唇を塞がれた。

ここに来たときの不安がこもる口づけとは違う。
熱っぽくて、甘い。

「すぐにでも瞳子さんが欲しくて欲しくて……たまりませんっ」

「う、うん……」

私の全身にも熱がこもっていく。
こんなに誰かに溺れてしまうなんて、自分でも驚いてしまう。
恥ずかしいけれど、こんな幸せを実感させてくれる彼は、もう私にはなくてはならない存在になっていた。
とことん溺れる喜びを、彼と共有できる。

それが嬉しかった。

「私も絶対に離さない」

私がそう呟くと、彼が一瞬、顔を上げて驚いた。
そして、目を細めて笑った。

「僕たちはお互いのトリコ、ですからね」

彼手が私のスカートに差し入れられ、ストッキングを下ろそうとした。

このまま、ここで……?

そんな、らしからぬ欲に溺れそうになった。

だが、その時だった。

彼の身体がビクッと跳ねた。
そして、上半身を起こした。

「……祐二?」

彼は不審そうに周囲を見回している。
そして、一気に色気を消し去ると、私のスカートから手を抜いた。

「ど、どうしたの?」

私も上半身を起こす。

「何かに見られている気がします」

「えっ? だって、ここは祐二の家よ?」

私も周囲を見回した。けれど、それらしい人影はない。

「誰も……いないわよ?」

「……視線を感じるのですよ」

祐二が睨むように車外へ視線を向けていた。

私も同じ方向を見る。
そして、一つだけ気になるものを見つけた。

地下駐車場に設置された、防犯カメラだ。

二人でカメラを凝視する。

すると、私たちの視線に気がついたのか、防犯カメラが慌てたように、グイーンと角度を変えた。

(うそっ。見ていたの?)

「み、見られちゃった?」

一気に熱が下がった。私は慌ててスカートの裾を直す。
祐二も気まずそうにスーツの乱れを整えた。

「黒川、なんて悪趣味なんだっ。一気に萎えました。瞳子さん、家でゆっくりじっくりやりましょう」

そう言った祐二の頬は、ほんのり赤く染まっていた。

「ごめんなさい。よその敷地でなんて、非常識だったわね……」

最近、私の理性のタガが外れやすくなっていることを反省する。

二人で襟元を正すと、何事もなかったかのように車を走らせた。

安全運転で、帰路につくのだった。




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