八年越しの初恋、回収します。〜私のトリコになった部下に、八年前から溺愛されています〜




「体の中からエネルギーが湧いてくるでしょう?」

彼女が僕に呟いた。
僕は彼女を振り返る。

「見ることができてよかったわね」

陽光に照らされた彼女が、女神に見えた。

ドクンッと大きく鼓動した、その瞬間。

僕の心は、彼女に奪われた。

──この人は、なんて美しいのだろう。

それが、僕の初恋だった。

恋に落ちる瞬間というのは、理屈ではなく感覚なんだと知った。

けれど彼女は、目を細め、少し息苦しそうに笑っている。

「姉さん、唇の色が悪いよ?」

李人くんの言葉で、彼女の顔色が悪いことに気づいた。
もともと色白で儚げな人なのだと思い込んでいたから。

彼女は肩で息をしているのに、それでも笑みを絶やさない。

「仕事が忙しくて、体調を整えてこれなかったからね。山に来るなら、事前準備を怠ってはダメね」

そう言って、苦しそうに目を伏せた。

「高山病だよ! 下山しよう、姉さん!」

「そうね……」

多分、僕に声をかけた時も、彼女の体調はよくなかったはずだ。

それなのに、僕をここまで連れてきてくれたの?

「すみません。僕が無理をさせてしまって……」

「私はただの世話好きなの。気にしないでね」

ほら、また笑ってくれる。

自分は苦しいのに、他人を助ける理由って何だろう。

この人は、他人の幸せを願って尽くすんだ。

でも、尽くすばかりで、自分は幸せなのかな?

嬉しそうに僕へ笑いかける彼女が、愛おしくてたまらなかった。

胸の奥が、ぎゅうっと苦しくなる。
唇に力がこもる。

この人が心の底から笑う笑顔を、もっと見たい。

僕が彼女を幸せにしてあげたい。

そんな強い、強い思いが胸の奥から湧き上がってきた。

「じゃあ、先に下山しますね。叔父さんも来れるといいわね」

「えっ……」

僕は声が出ず、ただ彼女と李人くんを交互に見た。
ここで別れてしまったら、もう二度と会えなくなる。

(何とかして縁を繋げたい!)

頭より先に、口が動いた。

「お礼がしたいので、連絡先を教えてください!」

後ろから叫ぶ僕に、姉弟が振り返った。

「お礼はいらないわよ。当たり前のことをしただけだから」

やっぱり、この人の心は美しい。

絶対に逃したくない!!

「お願いしますっ! 僕、必ず会いに行きます!!」

僕は手を握り、全力で叫んだ。

子供ながらに必死だった。
年上の人から見れば、少し奇妙な少年に映ったことだろう。

彼女は眉を下げ、困ったように僕を見ていた。

「それじゃ……」

彼女はザックから何かを取り出し、僕に手渡した。
それは、可愛い富士山のイラストが描かれた名刺だった。

「もらってくれる?」

僕は名刺を凝視しながら受け取った。

「私、証券会社の新人営業マンなのよ。あなたが社会人になって、お金の運用をしたくなったら、口座を作りに来てくれる?」

彼女は小首を傾げて、僕に笑いかけた。

それが嬉しくて、目を大きく開いた。

「絶対に行きますっ。必ず会いに行きます!!」

「うん。ありがとう」

最高の笑顔を僕に見せて、女神は李人くんと下山していった。


僕はしばらく、二人の後ろ姿を見つめていた。

そして、もらった名刺に視線を落とす。

心臓が、まだバクバクしている。

だって、女神の名前がわかったんだもの。

「牧野瞳子……さん」

僕が一瞬で恋に落ちた、美しい人。

僕はあなたを幸せにするために会いに行きます。

絶対に。

顔を上げると、今までにないほど力強い眼差しになっていた。

数時間前まで虚無に支配されていた僕の心に、一筋の光が差し込んできた。

光が闇を追い出し、今は新たな希望に心が躍っている。

僕はもう一度、朝日に振り返った。

(今日から僕は、生まれ変わる!)

自然に笑みが浮かんだ。

「祐二坊ちゃま!!」

後ろから、黒川の声が聞こえた。

「黒川! 大丈夫だったの?」

黒川の姿を見つけると、僕は急いで駆け寄った。

僕を見るなり、黒川がほっと安心した表情になった。
そして同時に、ひどく驚いた顔をする。

「祐二坊ちゃまっ、どうされたのですかっ?」

黒川が目を見開き、僕を凝視している。

(ああ、希望にあふれる僕を見て、驚いているんだな)

僕のことを本気で心配してくれた黒川。
その顔を見たら、僕の涙腺が緩んでしまった。

「……黒川、本当にありがとう。今日、ここに来なければ、僕の心は死んだままだった。僕はここで、生きる希望を見つけることができたんだよ!」

「な、なんと神々しいお顔なのでしょう! 涙と鼻水に濡れるそのお顔、力強い生命力を感じますっっ!!」

黒川はリュックから素早く一眼レフカメラを取り出すと、僕の顔を連写し始めた。

「え? 僕、どんな顔をしているの?」

顔に手を当てる。
指先に、冷たい何かが触れた。

(涙!? 鼻水!? なにこれっ、恥ずかしいっ!
 僕、こんな顔で瞳子さんと対面していたの?)

僕は一気に顔から血の気が引いた。

「自力で登頂し、ご来光を拝めたんです。感動は当然、泣き崩れるのは必須! まさに『生きている』を実感できたお顔を拝見できて、黒川は嬉しいですぞっ!」

黒川も泣きながらシャッターを押していた。

「あーんっ、情けない顔は撮らないでよぉ!」

こんな鼻垂れ小僧のままでは、瞳子さんに振り向いてもらえない。

僕は決めた。

いつか必ず、瞳子さんに相応しい男になる。

そして──もう一度、あなたに会いに行く。

それが、僕の生きる希望となった。






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