【番外編】あなたが白制服に着替えたら、それが愛のはじまり
運命は二人を引きよせる
柊慈編:『それは愛と呼べますか』
※これは成瀬柊慈が青森に転勤する前のお話です※
「成瀬二尉。来週、新しく赴任してくる副長の挨拶周りの手配を頼む」
「来週…ですか?」
「そうだ。急遽だがよろしく頼んだぞ」
「はいっ」
柊慈はいつも通り不満を顔に出さず、言われたことに素直に返事をした。
小林隊長はご機嫌で柊慈の肩をたたき部屋から出て行った。
ここは神奈川県にあるつ航空基地。
青森に転勤する前、柊慈はここで勤務をしていた。
「成瀬二尉。大変っすね。関係部署に連絡と手配、基地組織図の詳細資料作成。あと…」
後輩の五十嵐三尉が椅子に座りながら、うわごとのように言ってくる。そして他人事のように。
「それ以上言うな」
柊慈は深いため息とともに今日の帰りも0時を過ぎるなと覚悟した。
「まじでここだけの話。仕事量、多すぎませんか? これに成瀬さんは飛行訓練もこなさないといけないし地獄ですよね?」
「仕方ないだろう。俺たちはいわば中間管理職。一番つらいポジション。なんとかするしかないだろう」
柊慈は表情を崩さず黙々とPCに打ち込む。
こうやって文句の一つも言わずに仕事をするのは、柊慈が真面目だからだけではない。
上官の命令は絶対。
防大時代からそう仕込まれてきたからだ。
一見、自分の意見がないように思われるが自衛官には必要なスキルでもある。
なぜなら有事の際、部下が上司に「それはやりたくありません」と反抗すれば作戦が総崩れし隊が全滅することもある。
だからこそ、上官の命令は絶対なのだ。
そこに女子隊員二人組が柊慈のもとにやってきた。
「成瀬二尉。当直の件でちょっといいですか?」
この二人は柊慈の部下となる隊員だ。つまり、二人の勤怠管理は柊慈の役目である。
「どうした?」
柊慈は手を止めて身体を二人に向けた。
「当直の組み方ですが、もっと公平にやってもらっていいですか?」
一人は怒りを抑えた表情だ。
するともう一人がすぐに説明を付け加えてきた。
「野崎さん、体調を崩されたのはわかるんですけど、もう復帰しましたよね?それなのに当直回数が少なくて、いつも土日を避けて付けられてます」
「その分、私たちの当直が増えるんです。野崎さんも事情があるんでしょうけど給料をもらっている以上、もっと平等に組んでもらえますか?」
柊慈が口を挟めないくらい矢継ぎ早に苦言を述べた。
「それはわかっている。申し訳ない。でも、野崎もメンタルが不調だったから、そんなに荷重はかけられないんだ」
「でも、普通に勤務できてますよね?」
「…うん。だから、体調を崩さないように予防的な処置でもあるんだよ」
「そんなこと言ったら、今度は私たちのメンタルがおかしくなります!」
「私たちのことも、きちんと配慮してほしいんです」
「…。よくわかった。では野崎にも話を聞いてみるから」
ようやく二人は納得して戻っていった。
(ああ…また仕事が増えた…)
柊慈は思わず頭を抱えた。
そんな柊慈に五十嵐が申し訳なさそうに声をかける。
「成瀬二尉。ご多忙の中、申し訳ないんですが…」
五十嵐が電話を保留にして残念そうな顔で見てくる。
「なんだ?」
「警務隊から電話が入ってます。隊員の中にスピード超過で違反したやつがいたらしくて…。話を聞きたいと…」
警務隊とは自衛隊の部内の秩序維持をする部隊。軽微でも犯罪があれば自衛隊内部でそれを調査されるのだ。
つまりそれに対応するとたくさんの時間と労力を搾取されてしまうことになる。
成瀬が目を見開いて天を仰いだ。
(あーー。 今日は泊まりかな)
柊慈はあきらめのため息を大きくつくしかなかった。
※
一日の労働をこなし、柊慈が官舎に戻って来たのは予想通り0時を過ぎていた。
適当に食事をとりシャワーを浴びて布団に転がった。
(あー。吸い込まれるように眠れるな)
と柊慈が寝落ちしそうになったときメールが鳴った。
職場からの緊急連絡かもしれないと柊慈の目がぱっちりと開いた。
そしてスマホを手にするとガクッと頭がもたげた。
それは柊慈の彼女、工藤さゆりからのメッセージだった。
『週末は会えそう?
何度も連絡しているのよ?
返事も出来ないくらい忙しいわけないでしょう?』
(いや、忙しいんだよ)
メッセージを見た柊慈は思わず心の中で突っ込んだ。
工藤さゆりとは最近付き合いだした。
出会いはかなり遡り、防衛大学校卒業ダンスパーティーだ。
柊慈は他の女性を伴ってきていたが、さゆりはそこで柊慈にひとめぼれをしてしまった。
それからさゆりのアタックは続いたが、柊慈の勤務先が遠方だったため二人の距離は縮まることはなかった。
柊慈が神奈川に転勤になって東京に住むさゆりが再び猛アタックして付き合うことになったのだ。
だが…。
柊慈は多忙な職場を引き当て、なかなか二人の時間は持てずにいた。
はじめは申し訳ないと感じていた柊慈だが、連日の「いつ会えるの」攻撃に疲れを感じてきているのも事実だった。
(暇なら仕事をすればいいのにな)
さゆりはピアニストを目指しているため、日夜、プロのもとで練習をしている。
というのが表向きだ。
実家はお金持ちで生活に不自由はないお嬢様でもあったのだ。
練習が終わればあとは自由時間。
そんなさゆりと柊慈がすれ違うのは当然だったのかもしれない。
柊慈は返信を送る。
『緊急招集がなければ会えるよ』
『本当に?いつもそう言って会ってくれない。
柊慈は私のこと好きなの?』
そんな文字を見て柊慈の手が止まった。
(…多分…な。いや、好きってなんだ?
俺は感覚が麻痺してるのか? よくわからん)
気付けば返事をしないまま眠ってしまい朝になっていた。
※
今日は金曜日だ。
(何時に帰れるかな)
夕方からの会議に出席し終わったのが18時。
これから残務処理だ。
イスに座りスマホをみると、さゆりからのメッセージ。
『今日、そっちに遊びに行く。
20時なら会える?
っていうか、行くから来てね』
(強行か…)
柊慈は呆れてしまった。
しかしそうさせたのは自分なのだなと今回は折れて、なんとか仕事を調整して21時には待ち合わせ場所に着いた。
「柊慈!」
遠くからさゆりが軽やかなロングヘアーを揺らしながら、柊慈へと走ってきた。そして抱き付いてきた。
「遅れてごめん」
「ううん。会えてうれしい」
そして二人はさゆりが予約したラグジュアリーホテルへと向かった。
「あのホテルにしたの? 高いんじゃない?」
柊慈が二つ星ホテルの名を聞いて驚いた。
「柊慈はお給料がいいのに、私にお金を出し渋るよね?」
「そういうわけじゃない。ただ、他もあったのにわざわざそこにしなくても」
「たまにはいいじゃないの」
元々、金銭には困っていないさゆりの感覚では普通のことで気にはしてなかった。
「そのホテルはモーニングも美味しいのよね」
「さゆりは料理はするの?」
「しないわよ。私、ピアニスト目指しているのよ。怪我したら大変じゃないの」
「そうか…。たまには手作りの味噌汁、飲んでみたいな」
柊慈がそうつぶやくと、さゆりはクスリと笑った。
「今は美味しい即席もあるわよ?」
(そういうことじゃ、ないんだよな)
柊慈が思った時、スマホが鳴った。
いち早くさゆりが察知する。
「何?」
内容を確認した柊慈の顔から表情がなくなる。
「緊急呼び出しだ。これからヘリが出る。行かないと」
「ちょっと待って」
さゆりが柊慈の腕を取った。
「行かないでっ」
「ごめん…。でも仕事だから」
「柊慈がのるわけじゃないのに、どうして行かないといけないの?」
「ヘリはパイロットだけがいれば飛ぶと思う?後方支援がないと、どんなヘリだって飛ぶことはできないんだ」
「さゆり、ここで泣くよ?」
わざとらしく怒った顔には涙があふれる気配はなかった。
「本当にごめん。申し訳ないと思っている。でもわかってほしい」
柊慈がまっすぐな視線でさゆりをみた。
さゆりは絡ませた腕を解かざるをえなかった。
さゆりもそんな柊慈をじっと見返す。
そして、
「私と仕事、どっちが大事?」
疲れている柊慈が一番嫌いな質問だった。
柊慈は大きく息を吐くと、
「気を付けて帰って」
とだけ残した。
柊慈もさゆりに可哀そうなことをしているとわかっている。
しかし、今は一番忙しい時だ。
それをわかって欲しい。
しかし、問題はそこなのだろうかという疑問も生まれていた。
「成瀬二尉。来週、新しく赴任してくる副長の挨拶周りの手配を頼む」
「来週…ですか?」
「そうだ。急遽だがよろしく頼んだぞ」
「はいっ」
柊慈はいつも通り不満を顔に出さず、言われたことに素直に返事をした。
小林隊長はご機嫌で柊慈の肩をたたき部屋から出て行った。
ここは神奈川県にあるつ航空基地。
青森に転勤する前、柊慈はここで勤務をしていた。
「成瀬二尉。大変っすね。関係部署に連絡と手配、基地組織図の詳細資料作成。あと…」
後輩の五十嵐三尉が椅子に座りながら、うわごとのように言ってくる。そして他人事のように。
「それ以上言うな」
柊慈は深いため息とともに今日の帰りも0時を過ぎるなと覚悟した。
「まじでここだけの話。仕事量、多すぎませんか? これに成瀬さんは飛行訓練もこなさないといけないし地獄ですよね?」
「仕方ないだろう。俺たちはいわば中間管理職。一番つらいポジション。なんとかするしかないだろう」
柊慈は表情を崩さず黙々とPCに打ち込む。
こうやって文句の一つも言わずに仕事をするのは、柊慈が真面目だからだけではない。
上官の命令は絶対。
防大時代からそう仕込まれてきたからだ。
一見、自分の意見がないように思われるが自衛官には必要なスキルでもある。
なぜなら有事の際、部下が上司に「それはやりたくありません」と反抗すれば作戦が総崩れし隊が全滅することもある。
だからこそ、上官の命令は絶対なのだ。
そこに女子隊員二人組が柊慈のもとにやってきた。
「成瀬二尉。当直の件でちょっといいですか?」
この二人は柊慈の部下となる隊員だ。つまり、二人の勤怠管理は柊慈の役目である。
「どうした?」
柊慈は手を止めて身体を二人に向けた。
「当直の組み方ですが、もっと公平にやってもらっていいですか?」
一人は怒りを抑えた表情だ。
するともう一人がすぐに説明を付け加えてきた。
「野崎さん、体調を崩されたのはわかるんですけど、もう復帰しましたよね?それなのに当直回数が少なくて、いつも土日を避けて付けられてます」
「その分、私たちの当直が増えるんです。野崎さんも事情があるんでしょうけど給料をもらっている以上、もっと平等に組んでもらえますか?」
柊慈が口を挟めないくらい矢継ぎ早に苦言を述べた。
「それはわかっている。申し訳ない。でも、野崎もメンタルが不調だったから、そんなに荷重はかけられないんだ」
「でも、普通に勤務できてますよね?」
「…うん。だから、体調を崩さないように予防的な処置でもあるんだよ」
「そんなこと言ったら、今度は私たちのメンタルがおかしくなります!」
「私たちのことも、きちんと配慮してほしいんです」
「…。よくわかった。では野崎にも話を聞いてみるから」
ようやく二人は納得して戻っていった。
(ああ…また仕事が増えた…)
柊慈は思わず頭を抱えた。
そんな柊慈に五十嵐が申し訳なさそうに声をかける。
「成瀬二尉。ご多忙の中、申し訳ないんですが…」
五十嵐が電話を保留にして残念そうな顔で見てくる。
「なんだ?」
「警務隊から電話が入ってます。隊員の中にスピード超過で違反したやつがいたらしくて…。話を聞きたいと…」
警務隊とは自衛隊の部内の秩序維持をする部隊。軽微でも犯罪があれば自衛隊内部でそれを調査されるのだ。
つまりそれに対応するとたくさんの時間と労力を搾取されてしまうことになる。
成瀬が目を見開いて天を仰いだ。
(あーー。 今日は泊まりかな)
柊慈はあきらめのため息を大きくつくしかなかった。
※
一日の労働をこなし、柊慈が官舎に戻って来たのは予想通り0時を過ぎていた。
適当に食事をとりシャワーを浴びて布団に転がった。
(あー。吸い込まれるように眠れるな)
と柊慈が寝落ちしそうになったときメールが鳴った。
職場からの緊急連絡かもしれないと柊慈の目がぱっちりと開いた。
そしてスマホを手にするとガクッと頭がもたげた。
それは柊慈の彼女、工藤さゆりからのメッセージだった。
『週末は会えそう?
何度も連絡しているのよ?
返事も出来ないくらい忙しいわけないでしょう?』
(いや、忙しいんだよ)
メッセージを見た柊慈は思わず心の中で突っ込んだ。
工藤さゆりとは最近付き合いだした。
出会いはかなり遡り、防衛大学校卒業ダンスパーティーだ。
柊慈は他の女性を伴ってきていたが、さゆりはそこで柊慈にひとめぼれをしてしまった。
それからさゆりのアタックは続いたが、柊慈の勤務先が遠方だったため二人の距離は縮まることはなかった。
柊慈が神奈川に転勤になって東京に住むさゆりが再び猛アタックして付き合うことになったのだ。
だが…。
柊慈は多忙な職場を引き当て、なかなか二人の時間は持てずにいた。
はじめは申し訳ないと感じていた柊慈だが、連日の「いつ会えるの」攻撃に疲れを感じてきているのも事実だった。
(暇なら仕事をすればいいのにな)
さゆりはピアニストを目指しているため、日夜、プロのもとで練習をしている。
というのが表向きだ。
実家はお金持ちで生活に不自由はないお嬢様でもあったのだ。
練習が終わればあとは自由時間。
そんなさゆりと柊慈がすれ違うのは当然だったのかもしれない。
柊慈は返信を送る。
『緊急招集がなければ会えるよ』
『本当に?いつもそう言って会ってくれない。
柊慈は私のこと好きなの?』
そんな文字を見て柊慈の手が止まった。
(…多分…な。いや、好きってなんだ?
俺は感覚が麻痺してるのか? よくわからん)
気付けば返事をしないまま眠ってしまい朝になっていた。
※
今日は金曜日だ。
(何時に帰れるかな)
夕方からの会議に出席し終わったのが18時。
これから残務処理だ。
イスに座りスマホをみると、さゆりからのメッセージ。
『今日、そっちに遊びに行く。
20時なら会える?
っていうか、行くから来てね』
(強行か…)
柊慈は呆れてしまった。
しかしそうさせたのは自分なのだなと今回は折れて、なんとか仕事を調整して21時には待ち合わせ場所に着いた。
「柊慈!」
遠くからさゆりが軽やかなロングヘアーを揺らしながら、柊慈へと走ってきた。そして抱き付いてきた。
「遅れてごめん」
「ううん。会えてうれしい」
そして二人はさゆりが予約したラグジュアリーホテルへと向かった。
「あのホテルにしたの? 高いんじゃない?」
柊慈が二つ星ホテルの名を聞いて驚いた。
「柊慈はお給料がいいのに、私にお金を出し渋るよね?」
「そういうわけじゃない。ただ、他もあったのにわざわざそこにしなくても」
「たまにはいいじゃないの」
元々、金銭には困っていないさゆりの感覚では普通のことで気にはしてなかった。
「そのホテルはモーニングも美味しいのよね」
「さゆりは料理はするの?」
「しないわよ。私、ピアニスト目指しているのよ。怪我したら大変じゃないの」
「そうか…。たまには手作りの味噌汁、飲んでみたいな」
柊慈がそうつぶやくと、さゆりはクスリと笑った。
「今は美味しい即席もあるわよ?」
(そういうことじゃ、ないんだよな)
柊慈が思った時、スマホが鳴った。
いち早くさゆりが察知する。
「何?」
内容を確認した柊慈の顔から表情がなくなる。
「緊急呼び出しだ。これからヘリが出る。行かないと」
「ちょっと待って」
さゆりが柊慈の腕を取った。
「行かないでっ」
「ごめん…。でも仕事だから」
「柊慈がのるわけじゃないのに、どうして行かないといけないの?」
「ヘリはパイロットだけがいれば飛ぶと思う?後方支援がないと、どんなヘリだって飛ぶことはできないんだ」
「さゆり、ここで泣くよ?」
わざとらしく怒った顔には涙があふれる気配はなかった。
「本当にごめん。申し訳ないと思っている。でもわかってほしい」
柊慈がまっすぐな視線でさゆりをみた。
さゆりは絡ませた腕を解かざるをえなかった。
さゆりもそんな柊慈をじっと見返す。
そして、
「私と仕事、どっちが大事?」
疲れている柊慈が一番嫌いな質問だった。
柊慈は大きく息を吐くと、
「気を付けて帰って」
とだけ残した。
柊慈もさゆりに可哀そうなことをしているとわかっている。
しかし、今は一番忙しい時だ。
それをわかって欲しい。
しかし、問題はそこなのだろうかという疑問も生まれていた。
< 1 / 4 >