【番外編】あなたが白制服に着替えたら、それが愛のはじまり
「不思議なイタコさんだったね」
「もっと詳しく教えてもらえると思っていたのに残念」
ここは大間から函館に向かうフェリーの中。
二人はゆったり座りながら、イタコの口寄せについて振り返っていた。
「あのイタコさん、夏帆の運命の相手は視えていたよね」
真希がそう言ってグミをパクパク食べる。
「眼の視力はなさそうだった。でも、何か見透かされている感じはすごかったな。それに…」
夏帆は自分の手を広げてじっと見る。
「それに、何?」
真希がグミを詰め込みモグモグして聞き返す。
「手がね、まだ熱いの。イタコさんに握られてから」
「ぬくもりってやつ?」
「発熱してるみたいな不思議な感覚」
「取り憑かれた?」
「まさか。でも…」
「ん?」
「真希のグミの匂いに酔ったかも…。ちょっと外の空気吸ってくる」
「あーごめんごめん」
夏帆はそう言って、一人で外の甲板に出て行った。
夏帆は手すりに手をやり津軽海峡を眺めた。
(心が落ち着くな。やっぱり海はいい)
ふと気が付くと、夏帆のすぐ横に園児ほどの身長の男の子が海を見ていた。
柵を両手でつかみ楽しそうに海を眺めている。
(海が好きなのかな。でも、こども一人は危ないよね)
夏帆はその場にしゃがみ声をかけた。
「海、好きなの?」
「うん。船に乗るの初めてだから嬉しい」
と笑った。
「そっか。船が好きなんだね。ママとパパはどこにいるの?」
「ここにいるよ」
そう言ってその子は海を見ていた。
夏帆は立ち上がって周りを見回した。
しかし、両親らしき人は見当たらなかった。
夏帆は再びかがみこみ男の子に訊ねる。
「ねえ、僕のお名前を教えて」
男の子は夏帆の顔を見て少し考えてから、
「…たぶん…翔…」
と呟いた。
(たぶん? 自分の名前だよね?)
「翔くん。海は綺麗だし船も楽しいけど、落ちたら危ないからママやパパと一緒がいいよ」
「うんっ」
翔と名乗るこどもは元気な返事をするが、そこから動こうとしなかった。
仕方なしに夏帆が周囲を歩き回りその子の両親を探し始めた。
しかしそこに来たのは、
「夏帆。もうすぐ着くよー」
真希であった。
「今、男の子が一人でいて危ないから、その子の両親を探しているの」
夏帆が心配そうな顔で真希に説明した。
真希はキョトンとする。
「男の子?どこ」
「えっ、いたでしょう?園児くらいの」
「私、あっちから来たけど誰もいなかったよ」
「……」
「もしかして夏帆、視えちゃった…?」
夏帆もまずいかもと顔を歪ませた。
そしてまだジンジンと熱い手の平を見た。
「一日限定の霊力って、まさか霊が視えるってこと?」
「…かも。でも、悪い霊じゃなかったんでしょう?」
「う、うん。普通の男の子。海を見て喜んでいただけ」
「はははっ。なら大丈夫!ね、笑っておこう」
「ちょっと…真希どうしてくれるの?」
夏帆は泣きそうになる。
「やっぱりあのイタコさん、本物だったね!ってことは、運命の人にも近いうちに会えるってことだ!」
そういうことにしようと真希はこの場を丸く収めようとするのであった。
※
フェリーからバスに乗り換え、ようやく函館の町についた。
「先にお土産買っていい? 限定品だから早めにゲットしないと」
真希はそう言って足早にショップへと消えていった。
夏帆は外ベンチに腰かけて待っていた。
一息ついたその視線の先に、観光客に紛れてあの男の子の姿が見えた。
「あっ翔くん!」
夏帆は思わずその場に立ち上がってしまった。
(翔くん、ママとパパに会えたんだ。普通の観光客だったんだね)
霊ではないとわかり安心する夏帆に翔がトコトコと歩いて近づいてきた。
「翔くんたちも函館に来ていたんだね」
夏帆が声をかけると翔はにっこり笑った。
「うん。ここも初めて来た」
そんな笑顔のかわいい翔の周囲には、やはり両親らしき人はいない。
「ママとパパは?」
「いるよ。ここに」
船の時と同じ『ここにいる』としか翔は答えない。
「もしかして翔くん、迷子になっちゃった?」
「ううん。ぼくね、今日一日だけ遊びに行っていいの」
「一日だけ…? 翔くんはどこから遊びに来たの?」
そう言われた翔は宙を見上げてうーんと考えた。
そして元気いっぱいに答えた。
「てんしたいきじょ、だよ!」
「天使…待機所…?」
聞いたことのない施設名。
もしかしたら翔はどこかの施設から抜け出してきたのではと夏帆は心配になった。
「おねえさんが一緒にママとパパを探してあげる。フルネーム言える?」
しかし翔は突然、明後日の方向に顔を向けた。
「もう…戻ってきなさいって言われてる」
「誰に?」
夏帆の質問に答えず、翔はいきなり駆け出した。
「待って、翔くん!」
夏帆が駆け寄ろうとしたとき、翔がくるりと振り返った。
「心配してくれてありがとう。夏帆ちゃん!」
「私の名前…なんで知っているの?」
「僕の名前も思い出したよ!」
「何っていうの?」
「成瀬 翔!」
「なるせ…しょう…」
知らない名だと夏帆はぼんやりと復唱した。
「夏帆ちゃんに、また会いにくるね!」
翔はそう夏帆に告げて人込みに消えていった。
夏帆はなぜか追いかけることはしなかった。
理由はわからない。追いかけても翔を捕まえることはできないと思った。
同時に、手の平に籠っていた温度が下がってゆくのがわかった。
(あ…元に戻った…)
ぼんやりと自分の手を眺める夏帆を真希が呼ぶ。
「夏帆! 買えたよ。限定品」
戦利品を掲げた真希が意気揚々とやってきた。
「これ、夏帆の分」
そう言って夏帆の手の平に戦利品を乗せた。
「夏帆?ぼーっとしてどうした?」
「えっ?ううん。ありがとう」
「お腹すいたね。本命の海鮮丼、食べに行こう」
「うん。そうだね」
そうして二人は市場へと歩いてゆく。
「夏帆の運命の人探し第二弾を計画しようよ」
「しばらくは彼氏はいらないよ」
「そんなこと言わないの。実はさ、今年の自衛隊サマフェスのヘリ搭乗体験に申し込んじゃったんだよねー」
「自衛官に興味あるのは真希でしょう?」
「でも、倍率高いからなー。もし当選したら行こうよ?」
「…もしも当選したら、ね」
夏帆は翔の話を真希にはしなかった。
多分、信じてはもらえないだろうし驚かせるのも嫌だった。
一日限定の霊力とやらで自分にだけ視えた男の子。
恐怖なんて感じなかった。
むしろ、もっとおしゃべりしたかった子。
(もう視えることはないんだろうな。
寂しいような複雑な気持ち…)
でもいつかまた会える気がした。
天使待機所から来たという、成瀬翔くんに。